介護の現実を描きます。ITトピックスをお知らせします。旅と歴史を描いた私のHP「日本ぶらり歴史の旅」(英文もつくってあります)http://www.ab.auone-net.jp/~nut/にもぜひアクセスしてください。


by burari-skuri
生身の家族を傷つければ死んでしまう

 毎日のように家族を家族とも思わず殺傷するニュースが報じられる。18歳にもなって仮想現実と現実との区別つかないのだ。若干技術的になるが、そもそもvirtual realityは昔は事実上のメイン・メモリーという意味に使われた。つまり、昔は半導体の容量が小さかったので、頭のいい技術者がその容量を超えたプログラムを書いておいてドラムに蓄積しておき、必要時にメイン・メモリーにそのプログラムを移すソフトウェアを開発したのだ。

 誰が訳したか知らないが、これを日本語で「仮想現実」とやってしまった。一方、インテルの創立者の1人であるゴ-ドン・ムーアは半導体の容量が2年ごとに倍になるというムーアの法則を発表していたが、その後の発展は予測どおりになり、いまやパソコンは最も半導体の容量とスピードを食う映像と音声を問題なく処理できる機能を持つにいたった。いまやパソコンのメインメモリーはXギガという容量とスピードをもっている。これを予見して日本語に訳したとすれば、訳者はよほど頭のいい人といわくてはならない。

 とにかく、いまのパソコンインターネット上で写真や漫画やゲームを自由自在にやりとりし、再生できる。これらの人工現実では表現自由で、格闘シーンでこれでもか、これどもかと相手を倒し、相手は打たれても、うたれても、立ち上がってむかっていく。筆者はそのゲームソフトを見たことがないが、親や家族を傷つけるよう指示する悪魔的な神があるらしい。

 筆者が現役でIT評論をやっていたころ、ゲームを開発しているソフトウェア技術者を取材したことがあるが、彼らは良心がとがめられながらやっているといっていた。

 問題は18歳にもなって現実と仮想現実の区別がつかないような状態を放置し、親や家族を大事にするたことを教えなかったことである。詰め込み教育に腐心し、心を失った結果である。筆者が思うに、大部分の青少年はいまでも大部分の青少年は健全である。昔は小学校のときに修身という授業があって目上の人は敬うまうべきもの、弱者は助けるべきものということを教えられた。子供は水、教育は器である。

高学年でないと歴史的思考なし

 いまは自主的にものを考えさせようと、歴史の授業がなくなって社会という授業が設けられた。これは筆者の自立支援デイ・サービスでの経験だが、施設の職員があまりにも歴史を知らないことに驚かされる。

 例えば昔の「小学校」のひとつ新田義貞の「稲村ガ崎」を歌うときに鎌倉の鶴岡八幡宮には話が及ぶ。鶴岡八幡宮といえばいまでも祖父北条時正にそそのかされ、源頼朝、頼家と二代続き、時の三代将軍実朝が参拝するおりに銀杏の木陰から飛び出し、実朝を暗殺し、直ちに捕らえられ処刑された公暁の歴史はあまりに有名だ。今やその銀杏は大銀杏になっている。視の事実を全く知らないのだ。

 「これがあの銀杏の木か」と知っていたら、もっと幅広い人生が送れるのにと思う。この間、小学校6年生の歴史ものものの読書が好きな孫が鎌倉幕府滅亡の歴史を調べに行きたいと言う。われわれは中学低学年の歴史教科で鎌倉幕府の最後の執権北条高時が東勝寺で一族郎党ともども自刃して果てたことを習った。

 頼朝は武家政治を創設したが、源は三代、27年にして北条氏にのっとられた。古代ローマ帝国は1200年続いた。なぜか?猜疑心の強い頼朝は、弟義経、範頼を謀反の下心あると疑って殺してしまった。ローマは1200年も続いた理由のひとつは、征服した国に有能な人物がいれば、例え奴隷であっても自分の息子にさえしてひきたてた。

 こうした事実を知っているだけでも鶴岡八幡宮にいったときに受ける感性は違う。歴史の教科の復活を切に望む。
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# by burari-skuri | 2008-02-11 22:00 | 論点
認知症の論議は入り口に終始

 認知症にかかっている人は現在170万人、10年後は350万人に膨らむと予測されている。2008年1月20日夜9時NHKは、「スペシャルNHK」を流し、介護をする人びとを含む認知症に悩む人びとの現状を取材、報道した。

 筆者はアルツハイマー型認知症の妻を介護してきた経験から感想を述べることにする。

 筆者のかかりつけ医は日大医学部出身で、臨床医学最前線と太いパイプをもっておられ、先生の優秀さと豊富な経験もあり、約7年前には妻が若年性アルツハイマー病にかかっていると診断された。ときに妻は63歳。そこで都立医療センターの物忘れ外来に診断を申し込むことになった。

 ところが、専門の窓口である精神科の予約受付は10月であったのに、予約がとれるのは4ヵ月後の翌年2月という話。。そこで、かかりつけ医に相談したところ、「それなら神経内科もの忘れ外来から戦術的にやってみましょう」ということになった。

 すると、すぐに診断の予約が取れ、翌週には診断になり、MRIを撮った結果、海馬のDNAがすきすきであることがわかった。認知症に詳しいかかりつけ医でこんなに違う例である。

 報道では夫婦のどちらかが認知症で、入り口のところで戸惑っている姿であった。これらの人びとは不安ななかで医師に抗うつ剤と認知症の進行を遅らせるアリセプトというクスリを処方されますますかえって不安定になり、不安にうちひしがれてきた姿であった。

認知症には2種類ある

 認知症は大きく言って脳血流異常とアルツハイマー型津の2種類があるのだが、報道ではそのことが明らかになっていなかった。筆者の旧満洲の中学校のクラスメートはリハビリ法の大家である。彼に電話をかけ聞いていたのと、本を送ってくれたので、読者のご参考のために書くと、認知症には大きく言っての血流異常型、アルツハイマー型の2種類があり、前者は脳梗塞型の疾患を指し、後者は記憶と思考との間をとりもつ海馬に関係している。

 アルツハイマー型認知症と脳血流疾患のある人は、表面は同じような病状を伴うが、アルツハイマーにかかっている人は海馬の欠陥であるから、ものの認識ができなくなるの末期においては、坂道を転がるようにものの認識ができなくなり、例えば食べものを前ににしてもそれが食べものと認識せず、口を開かなくなり、いま自分がどこにいるかがわからなくなり、歩くことを忘れその場に座り込んでしまう。一方、脳血流疾患の人は肢体不自由を伴う。つまり、アルツハイマーは思考との間をとりもつ海馬の病であるから、言葉の表現が支離滅裂となり人格破壊が起こるのに対し、脳血流疾患の人は人格破壊が起こらない。

 クスリといえば完治薬はなく病気の進行を遅らせるアリセプトというクスリがある。しかも、アリセプトは個人個人によって効き目が違い、使ってみないとそれがわからない。また、現在までに実にいろいろな抗うつ剤が開発されており、医師は自由に処方できる。睡眠促進剤もいろいろあって驚かされる。つまり、医学は脳をここまでコントロールできるという段階に達しているということである。

 放映では、これらの薬を投与されてそれが個人の病状に合わず、困った例が取り上げられていた。筆者が強調したいのは、アルツハイマー病は人格破壊が起こる不治の病であることだ。一方、脳血流疾患は老いとも関係するが、涙ぐましいリハビリ努力によって完治する例があり、人格破壊は起こらない。

 放映では、この区別がなされていなかった。筆者はこの放映に出席した人びとはアルツハイマー病のことは先刻承知していていると思うが、アルツハイマー病にかかっている人は、自分がどこにいるかがわからないのだから、不安で不安でしょうがなくなり、時間に関係なく徘徊が始まる。

硬直した報道体制?

 放映が客観的でないようではNHKの総合テレビという言葉がなくというものだ。これでは認知症の放映が誤ったイメージを伝えてしまう。

 すでに発表されたように、京都大学中山教授は再生医学の面で、患者自身から幹細胞の再生可能性を示し、大学を超えた協力体制が動き出そうとしている。

 NHK総合テレビと名つける以上は客観的であるかの反省がなくてはならない。そして、とかく遅れがちの日本の新薬認可に焦点を当てた報道があれは科学部の扱いなどとの縄張り意識を超えて総合的、客観的に行われなくてはならない。「その時の歴史を動かす」ぐらいの気概をもて当たるべきだ。

 話題になっているから取り上げる惰性的番組編成はやめてもらいたい。
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# by burari-skuri | 2008-01-26 15:00 | 論点
すなおになって、みんなに支えられる

 正月をはさんで3度きてくれた長女の公子と、幸子との8回目の面会に行ってくれた次女の久子が異口同音にいいました。「お父さん。あぶないから、ステッキを使ったら?すっかり、腰が曲がったわね。ヘルパーさんにきてもらうと大分気持ちが違うわよ」。そして2人ともずいぶんやさしくなりました。

 そうです。老いとはある日、突然やってきて、ここを通過すると、あっちもこっちも機能が低下し、客観的に見てすっかり老け込んでみえるようです。いくら力んでみてもどうしようもないのです。

 処方箋は、これに負けない強靭な精神をもつことです。「健全な身体に、健全な精神は宿る」ではなくて、ほんとうは「健全な精神に、健全な身体は宿る」ようです。

 それではどういうように腰痛とつきあいをしたらいいのでしょう。あれあれ、また腰痛が始まりました。「腰痛さん、いらっしゃい。仲良くしようね」。痛いと思うのでなく、ゆったりした気持ちで仲良くしようねと思うと、不思議と痛くない経験をしました。心のもちようのようです。老いた事実はなくらないのですから、すなおになって、みんなに支えられことがいいようです。

 介護保険では自立支援という認定制度があって、立ち直る志をもった人を支援してくれます。ヘルパーさんに2週間前から週に1回きてもらい、わずか1時間ですが、掃除や洗濯をしてもらっています。やっぱり女性のやることはスッキリしたものです。

 「心頭を滅却すれば、火もまた凉し」と火の中で死んでいったお坊さんの話は有名ですが、悠一郎は凡人です。関取はしょっちゅうけがをしていますが、土俵の上に上がると全然痛みを感じません。それは悠一郎も小学校の剣道の試合のときに経験済みであることで、そのことはすでに書きました。つまり、腸チブスの予防注射であがらなかった腕が試合のときは軽がると上が
り、勝利をしめた経験です。

 しかし、悠一郎は悟りを得ているわけではありませんし、しょっちゅう土俵ぬの上に上がる機会はないのですから、腰痛と仲良くするにはどうしたらいいでしょうか?まずゆったりした気分で腰痛を出迎えることだと思います。そして、自己中心の気持ちをもたず、老いと闘っているのは自分だけではないと思うことでしょうか。

娘たちが一段と優しくなる

 老いと闘う姿を客観的にみて、娘たちは「これはほうっておけない」と思うのでしょうか、一段と優しくなりました。結局、ゆったりした気持ちをもつことと、意固地をはらず、現実を受け入れるとともに若若しくあるようにリハビリに励むことのようです。

 次女は茅ヶ崎に住んでいるし、男の子が2人いるのですから、そうしょっちゅう悠一郎を見るわけにはいきません。しかし、公子は近くに住んでいるし、子供はいないのですが、実は公子は子供が欲しくてうつ病にかかっており、それにそう若くはありません。それを押して悠一郎の介護を決心しているわけです。悠一郎はありがたいと涙がこぼれるばかりです。

 
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# by burari-skuri | 2008-01-19 20:00 | 介護・老い
次女と孫と面会

(12月15日)実に2ヵ月半ぶりに幸子に8回目の面会を行いました。今度は茅ヶ崎住まいの次女の久子と孫の瑞雄(高校1年)がいっしょです。長女の公子が、連れ合いと1週間前に幸子の様子をみにいってくれたので、今度の面会は10回目です。小学校6年の男子の孫(陽二)がいるのですが、土、日は街の野球の練習がありますので、行かれませんでした。瑞雄は活発な、およそやってみたいと思ったことはなんでもやってみて(たとえば塀に登ってってみたいと思ったら、登ってみる)、そのために怪我の絶えない子でしたが、すっかり落着いた子こになりました。陽二は、どちらかといえばおじいちゃん似の性格です。

 このあいだ悠一郎が茅ヶ崎を訪問したときは、コインを集めているといって、コイン・アルバムを大事そうに見せました。悠一郎は戦後、日本政府が為替管理をしていて、1ドルが360円に固定されていた時代に海外コンピュータ産業の動向調査団のメンバーとして欧米を回ったことがあります。

 ですから、1ドル対360円当時の価値にして500円以上の銀貨をたくさんもっています。中にはそのとき限り発行されたオーストリア銀貨もあります。「おじいちゃんは、コインをたくさんもっているから帰ったら送ってあげよう」。「うん。待っているからね。おじいちゃん」悠一郎は帰ってから考えました。後生大事にコインを眺めていても、あの世にもっていけるわけではないし。ここはコイン・アルバムを全部陽二に与えよう。そすればズッシリと陽二に印象が残るだろう。これが教育というものではないか」。悠一郎は、さっそく実行しました。

元気でいてくれた幸子

 次女と瑞雄をつれて部屋に入ったときは、1時間いつもより遅かったので、幸子はまどろんでいました。お医者さんが様子を話してくれました。内容は長女の公子が聞いたことと同じでした。


 「つまり、胃ろうによる栄養補給はうまくいっていて、微熱が出る傾向も止まったので1週2回の入浴も支障なく行っている」ということでした。12月に訪問ヘア・カットをお願いしてあったので、髪の毛はきれいになっていました。しかし、胃ろうを通じての(自ら食べものと認識をしてない)栄養補給のためこころなしか髪の毛が細くなったように感じられホロリとしてしまいました。手をにぎってやりました。

 この日はまどろがちなので、職員にお願いしてきたくすることにしました。院長先生自らエレベーターまで案内してくださいました。
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# by burari-skuri | 2008-01-11 20:00 | 介護・老い
続投して総選挙の結果を出してこそ意義がある

 小沢さんが辞意を撤回して国民に率直に謝った。民主党の全幹部が自民党との大連立を拒否したからであった。これだけ正直に今の国会議員は謝れないのではないか。

結局、福田内閣は冷たい 

 それにしても、フェブリノゲン投与のC型肝炎の薬害訴訟に対する福田内閣の処理の仕方は冷たい。裁判所に顔が向いている。防衛省元次官守谷氏の収賄問題、参議院における民主党の優勢、福田内閣は窮地に立たされている。

解散・総選挙に追い込まれるのでは?

 12月22日夜、ミノモンタが国会議員を大勢集めてQ&A番組をやっていた。ミノ氏は問いかける。全議員が命または家族と書いた。「なぜいま消費税をあげる話ではなくて、命を守るために介護に予算を回せないのですか?」、答え「福田さんが決断するほかない」。福田さんの頭のなかは、新テロ法案を通すことでいっぱいなのではないか。それと、それに失敗すれば解散総選挙にうってでることでいっぱいなのではないか。

 結局、福田さんは原告団全員を国家補償とするには議員立法によって切り抜けるしかないとして、議員立法を指示したが、その対応が遅かったとして野党は攻勢を強めている。福田さんは結局、総選挙に打って出るのではないか。
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# by burari-skuri | 2007-12-23 15:40 | 論点
ギックリ腰がこんなに頑強とは

 悠一郎が幸子を回転椅子に移動するときに腰をひねってギックリ腰になり、整形外科に駆け込んでから4ヵ月がすぎました。「もうそろそろリハビリに入って、2週間後に骨の量を測定しましょう」といわれ、背骨を15分間暖めて一夜あけたところ、骨の痛みが最初のようにぶり返してしまいました。家へ歩いて帰ったのがよくなかったのでしょうか。こんなにギックリ腰が頑強とは知りませんでした。

 ぶり返したのが木曜日、土曜日は午前中開業しているので整形外科へ駆け込み、レントゲン撮影をして調べてもらったのですが、異常はありませんでした。悠一郎は泣く思いでこれを克服しようと闘っております。ただ、なんとなく時間がたてばこの痛みは鎮まると直感できます。老いとはこういうものでしょうか。

 (10月18日)腰周りが上のほうへきてあまり痛むので、1日早く整形外科へ行ってレントゲンをとってもらいましたが、別に新しく骨がつぶれたわけではなく、高齢による骨粗症と考えられるから一緒に精神を奮い起こしてがんばりましょうとと先生にいわれました。悠一郎もそうするほかないと思いました。

 (10月29日)ちょうど孫悟空のひたいに金属のワッカがはまっていますが、あれが腰のまわりにはまっていて、下へ下へと引力がはてあいてりるように感じます。今日はレントゲンをとり、コンピュータで骨の量を計算したところ、順調で日一日と痛みがれるでしょうと先生に言われ元気をもらいました。

 
 しかし、依然として腰には孫悟空が額にはめられている金属がタガのようにはまっているようで、それがグイグイと下のほうに下げられているように感じるのです。

玄関ホールのたたきに転倒 

 とうとう玄関ホールのたたきに転倒してしまいました。とうとうやってしまいました。豆腐を食べた後、器を洗おうと、台所へ行く途中でした。自分自身の重さに着衣がはさまれてなかなか起き上がれません。

 瀬戸内じゃくちょうさんが文化勲章を授与されました。瀬戸内さんはいま老いと闘いながら一生で最後の小説を書いておられます。書き出すと、深夜におよぶとのことです。

老いとは格好いいものだ

 瀬戸内さんは84歳。好きな散歩中に転倒したそうです。世界中の人の感動を呼んでいるピアニストのフジ子・ヘミングウェイは何度か転倒してコルセットをして演奏をしておられるそうです。今年一番売れているCDはテノール歌手の秋川雅史さんの「私の墓の前で泣かないでください。私はここにいません。」で、111万枚に達し、第一位に輝きました。コンスタントに買っているのは、最愛の人をなくした50代から60代~90代のお年寄りです。歌の趣旨は、最愛の人はあなたのそばにいて守っているのですから・・・」というのです。瀬戸内さんは軽妙な説教でしられ、全国から大勢の人が集まってきます。

 そのうちの一人が、「私は最近最愛の夫を失い、悲しくてしようがありません。どうしたらいいのでしょうか」お涙声で質問をしました。瀬戸内さんは、言下に「あなたそんなに悲しまないことです。ご主人はあなたのそばで、見守ってくれているのですから・・・」と答えました。そう思います。

 元気づけられた悠一郎は、「なにくそ」と思い翌日になると大して体をうっていないことがわかり、自信をつけました。
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# by burari-skuri | 2007-10-09 15:19 | 介護・老い
平安時代の「まろ」政治へ逆戻り?

 6チャンネル朝「みのもんた」の時間に出席した民主党の川村さんがうまい表現をして、自民党4役と閣僚の顔ぶれを見ると「まるで平安時代に逆戻りしたようだ。もっと庶民感覚をもたなくてはいかんのだ」と言っていた。筆者も同感だ。

 自民党3役には派閥の領袖が指名された。ほんとうは古賀氏を幹事長にもってきたかったのだが、古賀氏は選挙対策総局長の座を設けるように提案、それで4役になったとされる。しかもこのポストは幹事長と同格に格上げされた。いわば、「おじいちゃんまろ(お公卿)」を集めた派閥体制への再現であろう。福田総理は、自ら「背水の陣」内閣と名づけ、自分のことを「ボケ」ているというが、発足時の支持率は50数パーセントと高い。

 しかし、評論家、あるいは政治評論家諸氏の見通しを総合すると、短命に終わるだろう。

 これで「国民のみなさんが安心してくらせるようにする」、「格差のない希望をもてる社会にする」ことができるのか?

 日本には古来「やさしさと気配りがある文化があり、収益を追求する弱肉強食を競争社会にはなじまない」というが、日本は計画経済の最たる国になり、中央政府は太り、なんでもサービスは分けて外注し、人心は荒れてしまっている。

 福田さんは、「所詮私は影」、調整役に徹すると言っても小泉内閣の官房長官時代の記者会見を見ていると、冷たい感じがする。

 安倍さんはやっぱり参議院選挙に惨敗したときに辞めるべきであった。福田さんは閣僚の指名で、「背水の陣を敷いた」と言い、案外続くか、短命に終わるか、両用の構えだが、内心は総選挙で頭いっぱいなのだろう。
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# by burari-skuri | 2007-10-02 16:00 | 論点
 (9月29日)今年は地球温暖化のせいで40度を超える日が1ヵ月以上もの間続きました。9月に入っても28日まで30度を超える猛暑が続いていました。その間は動かないほうが熱中症にかからないというわけで幸子への面会はひかえることにし、家にじっとしているほうがいいということで、料理もつくらずもっぱら家庭料理屋さん通いですごしてきました。

 しかし、それでは幸子があまりにもかわいそうだし、気がかりだと思い、9月2日には、2週間半ぶりに幸子を訪れてきました。だから、「暑さも峠を越すでしょう」と天気予報で聞かされながら20日間以上が経過したわけです。涼しさが確定したら、7度目の面会にいくつもりです。

元気でいてくれて

 9月2日に行ったときの様子は、次のとおりでした。

 悠一郎は途中幼児の絵本を買っていきました。病室に入るなり幸子は悠一郎がきたとわかって、喜びの声をあげ、二人の瞳と瞳が会いました。

 悠一郎はここで絵本を読み始めました。「うたのてんらんかい」(くどう なおこ 長 新太・え 理論社2004年4月7刷発行)という絵本です。いちばん初めは「でんぐりがえり」という、地球は回っていて今日の次はあした、今日の前は昨日があるという情景です。

 読み始めると、幸子の息づかいがぐんと落着いてきました。悠一郎は幸子の手をにぎりしめてやりました。それだけで夫婦の気が通いました。

 2、3日前のテレビで、65歳以上でピンピンしているお年寄りの人口が700何十万人に達し、しかも、女性の人口は男性の2倍だという政府の初めての調査でわかったという報道を思い出しました。これは80歳、90歳を過ぎても元気なお年寄りがそこいらじゅうにいっぱい暮らしておられるという意味です。

 悠一郎は一人暮らしをするようになって初めて、料理、掃除、洗濯はきりがなく毎日、毎日がそれとの戦いで、自分しかそれを解決しなくてはならない一生を送っている女性だから男性は女性の半分しかいないのはあたりまえだと悟りました。

 結婚するときには、妻を幸せにすると誓ったくせに、それを忘れて仕事ばっかりに追われた自分を後悔しました。そして幸子が日々難問と闘いながら尽くしてくれたことに対して、「幸子、ごめんよ」お思わないではいられませんでした。

 その日はバスがくる時間にあわせて、いつものように職員のひとにお願いしてさりげなく家路に着いた悠一郎でした。  
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# by burari-skuri | 2007-09-29 15:30 | 介護・老い
オープンな論戦10分前に記者会見

 安倍首相は民主党の小沢党首に話し合いを断られ、国会の場での野党とのオープンな質問、論戦を控えた10分前に首相職を投げ出し、その衝撃が内外を駆け巡った。

 安倍首相はなんでもかぶって閣僚たちは、居心地がよかったのであろう。安倍内閣はやっぱり参議員選挙で自民党が惨敗した直後に退陣・総辞職して総選挙をやるべきであった。安倍さんは体調をくずし、記者会見のあとで入院してしまった。要するに安倍さんは坊ちゃんでなんでもかぶったのであろう。その結果もはや健康が許さず、ああいう形で途中で政権を投げ出したのであろう。

 民主党は民主党で、国連決議で国際的にテロ対策は必要とされる方向にあるのにかかわらず、党利党略で初めの主張を繰り返し、自民党を追い込もうとしている。自民党にも度量がないし、民主党にも度量がない。

 まさに今はインターネット時代。ネット社会の論点1から4に書いたような構造的問題をもっと勉強してもらいたい。次々に起こる惨劇事件。バーチュアル・リアリティ(人工現実感)と現実は違うことを知らしめる教育が急務だ。お年寄りを敬慕し、大事にする、日常挨拶をする教育も急務である。
 
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# by burari-skuri | 2007-09-20 16:20 | 論点
原子に方異性をもたせたことで小空間の情報の蓄積量が飛躍的に増大

 IBMはナノテクノロジー(10億分の何メートルといった)微細なテクノロジーをリードし、歴史のところで述べるように、世界最小の企業ロゴを原子に書いたことで知られる。次の組織化コンポーネントができあがると、映像情報量にして約3万本の長編映画がスッポリ入ってしまう。本にすれば、学校の図書室が入ってしまう量だ。

 しかも、原子1個1個に磁気方異性をもたせているので(0か1かの表現、つまりデジタル表現ができるので、応用範囲が広い微細な体積に膨大な情報を収容できることになる。そういう状態が目の前に転がるようになると、人間は勉強するようになる。

 IBMがナノテクノロジーをリードしてきた大きな実績は、次のようである。

 ●1981年に走査型トンネル顕微鏡(STM)をIBMの科学者(のちにノーベル賞を受賞)が発   明、誘導基板上で個々の原子や分子10億分の何メートル単位の様子が容易に観測でき   るようになった。
 ●1986年にスタンフォード大学とIBMの科学者ら(のちにノーベル賞を受賞)が原子間力顕   微鏡(AFM)を発明、ナノサイエンスの有用な道具として短期間に実用化され、10億分の   何メートル単位の多目的イメージングと操作機能を提供するようになった。
 ●1989年にIBMフェローのドン・アイグラーが、初めて個々の原子を面上で制御可能な状態  でSTMを使い、35個のキセノン原子を配置して「I-B-M」とつづり、おそらく世界最小となる   企業ロゴを作成した。
 ●1996年にIBMの科学者によって、10個の原子を使った世界最小のそろばんが作成され、
  ナノ・スケールのエンジニアリングの重要なマイルストーンのひとつとなった。
●-中略-
 ●2006年にIBMリサーチ(同社の研究開発部門)研究員が今日のシリコン半導体よりも高   性能が見込まれる新物質単一「カーボンナノ・チューブ」分子をベースとする初の完全な電   子集積回路を構築した。この回路は標準半導体工程により構築されており、個々に構築さ   れたコンポーネントを結合するのではなく、回路の全コンポーネントのベースとして単一分子  を使用したものである。
 ●2007年には、初の「自己組織化」製造アプリケーションを実証した。
  
分子サイズのコンピュータの実現へ

 今度、科学雑誌「サイエンス」に発表された2番目の成果は、単一の分子の形を崩壊させることなく、分子で動くスイッチを開発した論文である。ということは今までは不可能であった分子サイズのコンピュータが実現し、スピードも情報蓄積量も飛躍的に上がり、しかも飛躍的省エネルギーを達成し、今まで存在しなかった装置に応用範囲が広がることを意味する。現在のスーパーコンピュータをもってしても解けない問題が解けることになる。

学校の図書室の本が小スペースに入ってしまうから本を読まないようではやっていかれなくなる

 今は若者の4割が本を読まないという。こう言う装置が出てくると、必ず勉強家が出てくる。少しばかり知識をもっていても、すぐに馬脚が現れてしまう。だから本を読むようになるだろう。
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# by burari-skuri | 2007-09-17 10:30 | 論点