介護の現実を描きます。ITトピックスをお知らせします。旅と歴史を描いた私のHP「日本ぶらり歴史の旅」(英文もつくってあります)http://www.ab.auone-net.jp/~nut/にもぜひアクセスしてください。


by burari-skuri

少しずつ痛み去る

毎日痛み移動

 「痛くても毎日我慢して歩かなければほんとうに歩けなくなってしまいますよ」という先生のお話しを忠実に守っていますと、日一日と良くなってように感じられます。ただし、痛みは移動し、それが良くなっていく知らせのように思われます。

 ぎっくり腰に1年前になり、半年前に左大腿骨頭を骨折して以来、リハビリにいしょうけんめいつとめてきましたが、筋力の衰えはリハビリの努力よスピードが早く、少しでも怠けると筋力の弱まりを感じます。

とら猫、完全にいつく

 ところで、先にお知らせしたとら猫ですが、完全にいつくようになりました。よっぽど居心地がいいのでしょうか、1日中家にいるようになりました。 
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# by burari-skuri | 2008-10-30 11:22 | 介護・老い

57年住んだ家を去る

公子と夫婦が悠一郎を引き取る

 11月27日悠一郎は57年間住んだここを万感の思いをもって引っ越します。と同時に悠一郎をほうっておけないとして引き取ってくれる公子夫婦感謝の念を禁じえません。

 思えば、悠一郎がひとまずここに一人暮らしをはじめたのは57年前でした。なぜか次の出来事が鮮明に印象に残っています。

 悠一郎と幸子もう公子が寝たのでそろそろイチゴを食べようかと腰を上げると、公子が隣に部屋で「うふんイテイゴ」と泣いたので夫婦顔を見合わせて大笑いしました。

 次女久子は重度の喘息なので毎夜のようにおんぶして病院へ行ったのは幸子でした。いまになってみれば悠一郎は一緒に病院までいったのになぜおんぶしなかったのかと後悔しています。

 公子が知らないうちに庭のモミの木の葉っぱを食べていました。小さな口に大きなモミの葉っぱ。たちjまちはなじをだしてしまいました。親はビックリ。だが、プツンと血ぞめの葉っぱが出ると、ピタッと出血がとまりました。

 当時はNHKのオハナハンを見るためオフィスからっぽになり、毎日早く帰宅するような亭主は甲斐性なしといわれた時代でした。

 1990年代は幸子との蜜月時代でした。なぜなら、この10年間に7度海外旅行をし、6度は日本の真冬に真夏のニュージーランド、オーストラリアにいったからです。こときの幸子は生き生きとしていました。

いまにして思えば

 蜜月時代には「いまにして思えば」その後発病したアルツハイマー病の兆候がみられました。たとえばトイレつきのバスのトイレからでられなくなるといったことが起こりました。

 結婚する前には「私はあなたを幸せにする」といったのに仕事ばかりして、淋しかったのだと思います。
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# by burari-skuri | 2008-10-29 17:54 | 介護・老い

移動する痛み

O整形の先生は痛みを押して歩けとご宣託

 いきつけの整形医院の先生は「痛みを押して歩かないと筋肉が固まってほんとうに歩けなくなくなるから、とにかく歩け」といいます。その忠告にしたがって悠一郎は痛みを押して歩いています。

公子が猫を手なずける

 ところで公子は大の猫好きです。知らない猫も公子が呼ぶと、寄ってくるのです。今日はとうとう手なずけて家の中にあがってこさせることに成功しました。これでニャンコはきたいときにくるようになるでしょう。
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# by burari-skuri | 2008-10-22 17:07 | 介護・老い
リハビリデイサービス施設はキャンセル

 あまり左足が痛むので予定のリハビリ施設のデイサービスを急遽キャンセルして1日早くいきつけのO整形外科へレントゲンを撮りにいきました。結果は幸い骨にヒビは入っていないということでした。

 しかし、だからといって歩かなければ筋力弱る一方だという診断でした。公子は冷静に判断して回復に1か月はかかるだろうといいます。

 公子は整形医院へ行ったときも肩を貸してくれました。悠一郎は日一日回復に向かうよう頑張るつもりです。
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# by burari-skuri | 2008-10-21 16:34 | 介護・老い

依然激痛が走る

日一日と快方に向かうことを願って

 昨日はぐっすり眠ることができました。昨日までは左大腿骨の骨折して手術を受けた外側が痛んだのですが、今日は内側が体重をのせたときにズキンと痛みます。午後は近くの眼科へいきました。

 ところが、あまりに痛みがひどいので健康人ならば5分で着いてしまうところが40分かかってしまいました。それでも公子は嫌な顔ひとつ見せずに終始悠一郎を支えてくれました。公子の存在は絶大です。

 また眼科の看護婦さんや待合室の患者さんたちはわがことのように心配してくれました。有難うございます。
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# by burari-skuri | 2008-10-20 14:22 | 介護・老い

転ばぬ先の杖

またまた転倒

 今日からがらり日常感じたことを書きます。今週の月曜10月13日、ショートステイ先またまた転倒してしまいました。さいわいしりもちで済んだからよかったものの、調子を上げつつ日に日に回復していたリハビリを1からやりなおさなくてはなりません。

 原因は杖を突かずに照明をつけようとして照明のひもをひっぱろうとして上を向いたことでした。悠一郎は自然と目に涙が出てきました。
 
 同時に公子に済まない気持ちでいっぱいになりました。

若いときに身体を鍛えておかなければ老いてから情けない思いをする

 帰ったとき公子はけなげにもやさしく笑って迎えてくれました。体が資産の芸能界、スポーツ界の人々は若いときから身体を鍛えておりますね。あれは伊達や酔狂でやっているわけではないと思います。

 若いときにぜいたくをして安易にすごしていると、結果はプーメランのように老いたときの涙となって戻ってくるようです。リハビリを1からやりなおすということは時間と痛みをこらえる戦いで築くといった感じです。
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# by burari-skuri | 2008-10-18 16:43 | 介護・老い
インターネット社会ならではの新現象

 インターネット社会ならではの新現象とは次の現象と考えられる。

*個人の集客率が従来のそれとくらべて一桁上がった。
*出会い系サイトのように見ず知らずの人間が容易にt離合集散できるようになった。
*バーチュアル・リアルテイの世界に自己のアバターと呼ぶ化身と呼ぶを自由に表現できるように 使いようによって覆面のまま人と交流できるいようになった。言い換えれば着せ替え人形の  表現の部品化が進み、自分は何ものか正体を隠したまま自由自在に言わば名詞をつくれるよ うにな った。

  目はパチクリ、頭は格好のいいかつらを自由自在にかぶれるようになった。気に食わなければ即座にほかの顔にすげ替えることができる。これをアバターという。

*グーグルのようなポータルと呼ぶ検索エンジンにキーワードを入れればたちどころにその時  点で最も新しい辞書を手に入れることができるようになった。
 
インターネットの生い立ち

 冷たい戦争時代の宇宙開発葉は旧ソ連のほうが進んでいて、人類最初の有人打ち上げはソ連だった。先を越されたアメリカは、例え原爆投下があってもつぶれないコンピュータ・ネットワークを1970年代に開発した。

 インターネットの普及は早かった。その結果、次の新現象が起こった。
 
*集客率の桁違いの上昇。とくに携帯電話のインターネット接続後は急上昇。
*今日では携帯小説さえあらわれているが、文章は必ずしも美しいとはいえない。
*ライブ仮称のように個人の集客率が格段に上昇したので、大きな資本が動くようになった。 

 上述の結果減j、人間は現実とコンピュータ上でつくられたバーチュウアル・リアリテイを区別しなくてはならなくなった。

 ネット社会で肝に銘ずべきことは、入手され得るのは量であって必ずしも質ではないということであ
る。言い換えればそこに提供されているものは必ずしも優れてはいないというこである。
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# by burari-skuri | 2008-09-27 17:44 | ITトピックス
病院長からお墨付き

 昨日、9月6日には公子が手車を押して中丸町の木村牧角病院へ診断に連れて行ってくれました。悠一郎はいつも公子に感謝しているのですが、この日は池袋のジャズ・フェスチバルを聴きに行きました。

 それより先に牧角病院では病院長が先ごろの転倒にもかかわらず、レントゲンは何も問題はないと、お墨付きをくれました。次は来年3月の適当な日にも一度きてくれたらそれで診断は終わりにしようといってくれました。

 公子はパソコンを駆使して調べてくれてエンタテインメント情報綿密に把握してくれます。もし公子がいなかったら、このように充実した人生は送れないでしょう。公子の力は絶大です。

一流バンドが演奏

 ジャズ・フェスチバルはMAZACOTE,Fire Session,くるくる Party.Feat.小林香織といった超一流バンドでした。
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# by burari-skuri | 2008-09-07 16:09 | 介護・老い
居座ろうとする自民党

 福田総理は就任当時、少なくとも4年は政権にとどまらないと意味が無い。福田内閣は国民に目線を置いた安心内閣だといったが、わずか1年足らずで政権を投げ出してしまった。
しかも、自民党は総選挙で国民の信を問うことなく政権に居座ろうとしている。

 選ばれる新総裁は、いずれにしても選挙管理内閣を勤めるべく短命に終わることがわかっており、それでも歴史に名をとどめればいいと思っているのかもしれないが、国民を愚弄している。第一、女性を担ぎ出せば国民的人気をかもし出せるかもしれないと思う根性が嫌いである。

 茶番劇はもううんざりである。
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# by burari-skuri | 2008-09-04 11:11 | 論点
老いはある日必ず襲ってくる=とにかく転ばないこと


 妻の幸子が不治のアルツハイマー病になってから4年。幸子を籐の椅子に移すときにぎっくり腰になってから1年がたちました。いまでは悠一郎自身が介護を1の認定を受ける身です。近頃外をあ歩くといきぎれがするので、心臓に負担がかかっている可能性があるというので1週間の入院検査してきました。

8月になってからは10日に頭から転倒して目のまわりを大きくお岩さんのようにしてしまいました。下手をすると、あごの骨を折ってしまうところでした。

 ですからとにかく転倒しないことが大切です。情けないことですが、転倒したあとのリハビリはよっぽど努力しない限りは回復は遅々としています。昨日できたことが今日はできません。リハビリを怠ると、機能退化のほうはどんどん進んでたとえrばボタンをなかなかはめることができなくなります。


絶大・的確な公子の判断アレンジ

 ところで、介護のために悠一郎と一緒に住んでくれている長女公子はすぐさま老人医療センターの救急受付へ電話をかけ、受け付けを取り付けた。幸い当日は眼科と脳外科の先生が当直で、すぐ見てくれました。診断の結果は眼科の立場からは寺領の必要はなく、脳外科ではCTを撮影しましたが、これも脳に傷はなきとののことでした。

 悠一郎が左大腿骨を骨折したときももそうでしたが、公子がいなかったらこうはいかなかったでしょう。公子の存在は絶大・的確です。悠一郎は感謝の気持ちでいっぱいいです。

心臓の負担検査とは
 
 ここでご参考のために、心臓の機能検査とはどういうものがあるかをご紹介しておきましょう。

*夜じゅうの酸素供給状況の検査。
*肺活量の検査。
*心電図(肺への酸素補給状況と関連づけながらの心電図)。
*胸rのエコー検査。
*朝の血圧・体温測定。
*歩行中酸素供給状況検査。

 上述の検査の結果悠一郎は、57年前に受けた胸郭整形の後遺症の結果、高血圧になっている。幸い酸素補給率は高いのでいまのところボンベ使用の必要はないと診断されました。

老人医療センターのすばらしい試み

 悠一郎は
都老人医療センターにかかっていますが、3年前とくらべてコンピュータ設備も、テレビ設備も、衛生状態も、格段に上がり、何よりすばらしいのは個別対応・問題解決の試みがおこなわれていることです。

 つまり、1人、1人の患者さんがベッドの上で人の介助なしにどれだけ動けるかを職員が観察してそのために下の用を足すごとに、ナースコールを必ずやり観察をしてもらうというやり方を実行しています。

 そしてすばらしいことには、職員は決していやな顔をせず、言葉もきれいなことです。ときには、「有難うございます」とお礼を言われれたりします。
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# by burari-skuri | 2008-08-21 12:39