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by burari-skuri

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日本の弱者対応の後進性

 筆者は4月1日に左大腿骨頚部内側頭骨折の手術を受け4月27日に退院しました。幸子が入院しているのは赤羽の経由の埼玉県のK市です。K市に向かって赤羽のプラットフォームにはいちばん最後方にはお年寄りや幼児、身体障害者のためのエレベーターがあるのですが、そこまではるかに歩かなくてはなりません。腰痛をかかえた年寄りにとってそこまでたどりつのは苦痛ですらあります。

 そのうえプラットフォーム電車との間は池袋にくらべればずっと狭いのですが、それにしてもT型ステッキがうっかりすると線路と電車の間に入ってしまいそうになります。もし公子が介護していてくれていなかったら、危険この上もありません。弱者に対する配慮が欠けているといわざるを得ません。欧米にくらべて弱者対応の後進性を示しています。

 それとせっかくエレベーターがあっても、プラットフォームいちばん後ろにあるなど、日本はお年寄り、肢体不自由者に対する後進性を示していると思います。

入院して気がついたこと

 入院して気がついたことはいっぱいありますが、まとめると、次のようです。

*筋力の衰えは、努力以外に取り戻すべがない。
 
 人間は、怠け者です。寝たきりになると、どんどん筋力が衰えるのが感じられます。その早さはほんとうに見る見ると形容されるほどです。例えばボタンを「きのうやすやすとはめることができたのに、今日はできなくなり、およそ30分ほどボタンと格闘することになります。物を落とすと、腰が痛くてそれを拾うことができなくなります。こうしたことを克服するにはリハビリの努力以外にありません。

 それも60歳をこしていたら、若いピンピンしていた時代のようにはかえれません。だから、現在の筋力を維持するのに努力することしかできないと心得なければなりません。要は転倒してどこかを打たないよう極力気をつけなければなりません。

*寝たきりは楽なもの。再起できないお年寄り60%に達すると聞く。

リハビリは精神を奮い起こしての努力が必要です。寝たきりは楽ですから意気地がなくなります。こうして再起できないお年寄りは入院者の60%に達すると聞きます。

*若いときの疾患は老いてから再燃してくる。

 若いときの疾患は老いてからブーメランのように再燃してきます。悠一郎は大学在学中に肺結核を患い、肋骨を6本切除切しています。そこでいまは肺気腫で肺活量がありません。すぐに息が苦しくなります。若いときに体をき鍛えておくにしくはありません。
 
*80代は洟垂れ小僧あなたはまだ若い。

 病院の院長さんは励ます意味でこういうのでしょうが、「最近は大腿骨頭を金属で補修する手術を受けたあとで、リハビリで力をつけ80代、90代の人が家に走って家に帰る。あなたは若いんだからせいぜいリハビリにせいをだしなさい。

 そこで悠一郎はせいぜいリハビリに励み病院の廊下と階段を何回も歩き、やっと4月27日に退院したのでした。

介護界は悲鳴をあげている

*現場は手が足りないから、患者の機能を無視して楽なほうへ自己判断で動くようになる。

 手術のうまい医師が経営に長けているとは限りません。現場は報酬が安いし、手が足りません。そこで看護師も、管理栄養士も、ヘルパーさんも、お互いにかばいあいながら、自分の経験
をベースに行動するようになります。

 ということは、患者は1人1人病状が違い、個別対応が必要なのに、それができずに手がかからない方法をおしつけてくるようになります。患者情報は共有されないでばらばらに行動するけど、全体としては何とか機能するようになります。

 たとえば、リハビリに移っている元気な患者はリハビリ・パンツをはいて、尿瓶を自分で処理したいのに、おもらし御免の紙おむつにヘルパーさん定刻点検にしようとします。これは患者mにとっては暑苦しいし、やる気をそぐものです。

 かてて加えてがんじがらめの介護法制度によってここまでがサービスの範囲と決められているし、給料は安いし、ベッド数は60%へらさくてはならないというので現場は悲鳴をあげてるようにみえます。

 一方、悪名高い社会保険庁の年金の怪は一向におさまらず、お役人は机上プランをごり押し
しようとしています。
   
幸子が悠一郎と公子を認識する

 今日は6月9日で幸子の入院している施設で「紫陽花祭り」の会があります。悠一郎と公子は久しぶりに幸子に面会に行ってきました。 

 この日は音楽の専門家がトロンボンを演奏しにくれていましたし、新しい職員の人がサキソフォンを演奏してくれました。今時の若者はたいていギターを弾くと見えます。

 幸子は不治のアルツハイマーにかかっていて認識機能を失っています。しかし、悠一郎と公子をある瞬間には認識しているようなのです。 

 幸子は胃ろうの栄養補給がうまくいっていて元気でした。演奏会のとき見舞いにに来ていたおばあちゃんが連れ合いの入院患者さんの肩をだきながら泣いているのを見て、悠一郎は「お母さん。結婚するときは君を幸せにするとか言ったのに、現実は仕事のことばかり考えて御免ね。母さんをアルツハイマーにしたのはお父さんだ。」と涙がとめどなく出てくるのをどうすることもできませんでした。
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by burari-skuri | 2008-07-12 20:25 | 介護・老い