介護の現実を描きます。ITトピックスをお知らせします。旅と歴史を描いた私のHP「日本ぶらり歴史の旅」(英文もつくってあります)http://www.ab.auone-net.jp/~nut/にもぜひアクセスしてください。


by burari-skuri

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アルツハイマー病の特徴

 いま現在、完治薬のない進行性のアルツハイマー病の後期に入ったお年寄りは、2歳児のようになり、自分の名前はもちろん、歩くことも忘れ、排泄の始末も自分ではできず、夫も家族も認識できなくなる。認識機能はまばらで、ある日は非常にシャープにものを認識し、受け答えがハッキリし、あるいはこれで快方に向かうのかと思うことさえある。だが、大半は遠方を見つめて別世界にいる。後頭部にある海馬は、古い記憶を蓄え、知識と記憶の連携をつかさどるとみられているが、そこの遺伝子が老人斑といわれる変異でスキスキになるので表現力が鈍り、普通人のようには表現できなくなる。本人は一生懸命話すのだが、第三者には内容がわからない。古い記憶は覚えていて、まじかの記憶は白紙状態になる。だが、シャープなときは、まともに受け答えをする。重要なことは、基礎研究はここ数年で長足の進歩をしたとはいえ、いまのところ完治できるクスリも医療法も開発されていないということである。

 日本の介護保険制度は1997年に公布され、介護保険が2000年に創始された。そのための介護保険法はインターネットでダウンロードすれば、A4判で154ページの長文。介護サービスの種類とサービスの内容が詳細に規定されている。総則第一章(目的)にはこう書かれている。

「第一条 この法律は、加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療する者等について、これらの者が尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行うため、国民の共同連帯の理念基づき介護保険制度を設け、その行う保険給付等に関して必要な事項を定め、もって国民の保険医療の向上及び福祉の増進を図ることを目的とする。」

矢継ぎ早に打たれる在宅自立支援政策

 ① 「24時間在宅医療を実現-開業医をチーム化-大病院は専門治療に-医療改革厚労省」(読売新聞07年4月18日号)、②「公団住宅、福祉と一体化-空室活用、介護施設や診療所-団塊の高齢化に備え」(読売4月20日)、③「海外新薬1年半で承認-4年から短縮-共同治験を推進-厚労省5年計画」(日本経済新聞4月19日)、④「後発薬を優先使用-処方せん様式変更-来年度改定目指す-厚労省、医療費抑制狙う」(読売4月22日)、⑤「高齢者医療「在宅」を重視-社保審、地域の医師らチームでケア」(読売3月30日)。これらはこれらとしていいであろうが、なんだか総合病院がますます近づきがたい存在になるようだ。

 在宅自立といってもアルツハイマー病の場合、まだ完治できるクスリも医療法もないのだから、患者本人は自立できない。そのうえ後期に入ると、夫、家族は全介護しなければならず重労働になる。老が老を介護するのは実に大変である。これはある開業医の先生が言ったように「経験した人でなければわからない」。

長期ステイ・サービスを創始するべし 

 ところが、特養にしろ、老健にしろ、この論評 1 に書いたように、1施設当たり入所を待っているお年寄りが500人以上もいる。一方で、予算カットの大前提があり、介護施設は締め付けられつつ効率を求められている。今までこういうサービスは保険でカバーできたが、いまはダメになったという話をよく聞く。現場はピリピリし、ちょっと手間のかかるお年寄りは敬遠される。

 重度認知症のお年寄り対応の長期ステイ・サービス(少なくとも3ヵ月。いや3ヵ月などはすぐにたってしまう。長いほうがいいに決まっている)を創始すべきである。これは一般化しているショート・ステイにおいて別のフロアで、重度で手間のかかる認知症のお年寄りサービスを提供し、成功していることである。1週間程度のショート・ステイでは短かすぎる。
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by burari-skuri | 2007-04-22 22:02 | 介護・老い
人には必ず老いが襲い、それとの闘いの歴史がある

 「人には、必ずある日老いが襲い、それとの闘いの歴史がある」。こんな明々白々の理屈を悠一郎は、2006年に胃の腺腫とポリープを内視鏡切除するまで考えもしませんでした。ある日コロリと死んだらいい、などと勝手な期待をして、杖をつきながらゆっくりゆっくり歩いているお年寄りをみるにつけ、「自分はああいうふうにはならんぞ」と思うのでした。

 しかし、こんな勝手な理屈が通るはずがありません。内視鏡切除以来ほぼ1年になるのに、体重がいまだに回復しません。けれども、考えてみると、胃を切らないで内視鏡切除で済んだことを感謝しなければなりません。内視鏡切除は女医さんがやってくださったのですが、その確かな腕に感謝する気持ちでいっぱいです。

 もうひとつ感謝しなければならないことは、前立腺肥大の組織を取って検査したところ、ガンになっていることがわかったのですが、MRI撮影の結果、骨には転移していないことがわかったことです。悠一郎はちょうど8年前に、K医院で温熱療法(前立腺を温めて萎縮させ頻尿をなおす)を発明した先生にしていただいたのですが、その先生に診ていただいたのです。

 医学は日進月歩し、幸いいまでは月に1回の注射と毎日1錠のクスリでなんら日常制約受けずに治療できるようになっていたことがわかりました。有難いことです。

急に世の中の高齢者が老いと闘っている姿が見えてきた

 こう思った悠一郎の目には、街を歩く高齢者、車椅子を押す家族の闘う姿が急に見えてくるのでした。すでに老いを友だちとし歳相応に老いを克服するすべを発見した人、老いと懸命に闘いつつある人、それはいろいろでしょう。幸い悠一郎は、この歳まで足腰が痛いことがないものですから、道路をゆっくりと杖を突きながら歩いているお年寄りを見るときにイライラしたものですが、いまは助けてあげたいなと思えるようになりました。人は老いとの不可避の闘いの歴史を背負っています。

 悠一郎は、老いについていろいろと考えてみることにしました。
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by burari-skuri | 2007-04-15 21:43 | 介護・老い
情熱があっても、将来を託せないから辞めていく

(2007年4月10日)3月11日夜、NHK3チャンネルが6年前に始まった介護保険のもとで、運営されている介護施設の現状を取材し、放映していた。放映によると、全国の介護施設の平均賃金は305万円。2000年に創始された介護保険制度の見直しで、政府は2006年4月から向こう6年間に1兆6,000億円を圧縮しようとしている。片や職員の手が不足しているので、政府は向こう10年間に50万人を増やして150万人へもっていく計画である。

 Aさんは看護師の国家試験に合格して、介護施設に就職してからrもう5年になる。だのに、年収は200万円にとどかない。これに対して一方では3月初旬の日刊紙によると、日立、松下、東芝などの大手電機メーカーらは、今年の大卒新入社員の初任給月額20万2,000円に1,500円を上乗せする意向だ。Aさんはいまの職業にやりがいを見出し情熱を燃やし、一生懸命働いてきたのに、悩んだあげくに、この職業では将来を託せないと考え辞めて行った。4人に1人が辞めていきつつあるという。

 施設の経営者はいかにして職員に報いるかと、いろいろ頭をひねくって昇給の原資を見つけようと努力しているのに、2006年4月の介護保険制度の改正で予算の締め付けがきびしくなってきている。一方でヘルパーさんのサービス(介護)範囲が厳密に決められ、介護施設間の格差の広がりも拡大しつつある。放映では、当時改正案をつくった厚生労働省の局長がインタビューを受けて、「こんなに早く矛盾が生じるとは思わなかった」と述懐していた。

全国で30万人が介護施設(特養)入所を待っている

 公的特別養護老人ホームは全国に約5,500あり、1施設当たりの平均待ち行列(入所申し込みをして入所許可を待っている人)は500人以上という有様。入所を待っている認知症の人は30万人という。これではなかなか入れるわけがない。

 施設は古いところ、新しいところ、毎月待ち行列リストの検討をして、病状の進んだ人の順番をくりあげるところ、ビジネス機会の拡大をはかるところ、ほかいろいろで、共通点は手が足りないこと。有料老人ホームならお金を払えばすぐか、比較的早く入れるが、安くても月30万円ぐらいかかる(悠一郎の介護メモ-4参照)。

 
 手が足りないということは、認知症のお年寄りからみると勢いサービスがおざなりになり、ノルマをこなすために放っておかれるということだ。

大規模、効率追求が問題解決ではない-大事なのは心がけと教育

 東京都練馬区江古田に全国最大の介護施設(ベッド数400近く)が竣工し、この4月にオープンするという。しかし、自立支援1の認定を受け、K在宅地域包括支援センターのリハビリ支援サービスを受けている悠一郎の経験からみれば、何も大規模化と効率追求だけが問題解決にはならない。

 大事なのは心がけと介護の原点に立ち帰っての教育の徹底である。つまり、認知症のお年寄り1人、1人の人格を尊重したていねいな言葉遣いと声かけ、病状に応じたサービスの提供である。

 K支援センターは古い介護施設で、「マンネリ化したな」と悠一郎は感じていたが、最近、管理が徹底してきた。まずお客さまであるお年寄りが到着すると、現場に配置された責任者と職員が「生田さんお早うございます。今日も1日よろしくお願いします」と挨拶する。悠一郎が会う職員1人、1人がていねいな言葉遣いで挨拶してくる。これだけでお客さまであるお年寄りは自分の人格が尊重されていると感じる。大事なことは、上の空ではなく、心がこもっていることである。

 悠一郎は、小規模でも参加型のすばらしいデイ・サービスを提供してくれる介護施設を見ている。役所は、こういうまじめで、すばらしい施設を伸ばすことも考えて欲しい。

独り暮らしの老人の動静を知る体制の整備が急務

 3月30日付けの読売新聞が、「高齢者医療「「在宅」を重視-社保審、地域の医師らチームでケア」という記事報道した。内容は「地域の開業医が歯科医、看護師らとチームを組み、75歳以上の後期高齢者を総合的にケアする体制を構築」を社保審議会が打ち出したというものである。

 それはそれとしていいことだが、急務なのは大勢の独り暮らしの老人を含めて高齢者の動静を把握する体制の整備である。現状では独り暮らしの高齢者が今日は元気でいるかを把握する体制は皆無だ。ある地方自治体は魔法瓶にセンサーを取り付け毎日飲むお湯が使われている形跡がないときに独り暮らしの高齢者をを訪問する体制を構築し、それが動き出したというニュースをテレビで見た覚えがるが、こうした血の通った体制のの整備は急務である。

 窓やドアが開いたようすがないので、入ってみたら死んでいたとか、ときどき世話をしている親戚が家へはいってみたら冷たくなっていたとかいう記事が新聞をにぎわしている。「名月や 隣の人は何する人ぞ?」と風流をたのしんでいる時代ではなくなった。
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by burari-skuri | 2007-04-11 21:45 | 介護・老い