介護の現実を描きます。ITトピックスをお知らせします。旅と歴史を描いた私のHP「日本ぶらり歴史の旅」(英文もつくってあります)http://www.ab.auone-net.jp/~nut/にもぜひアクセスしてください。


by burari-skuri

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毎日が薄氷の上

 幸子がショート・ステイから8日の午後2時にBP介護施設の車椅子つきバスに乗って帰ってきました。夕ご飯は家でつくりました。幸子はやっぱり口を半開きにしかしてくれません。ショート・ステイの間職員の方がたは家と緊密な連絡をしながらアイデアを出し合い、しょっちゅう声かけをしたり、入浴介助をしたり、ヘア・カットをしてくれたり、いろいろしてくださり、快適な環境のもとで生活してきたのでした。

 家へ帰ってくると、まわりは住宅地で幹線道路が800メートルと割合近いのに、ことに夜はシーンと静まりかえって、悠一郎も、公子までが淋しい思いです。今日で帰宅後3日目ですが、食事どきには、幸子はやっぱり口を半開きにしかしてくれません。食べる意欲は十分あるのに、食べ物と認識できないのです。「頼むからもっと口を大きくあけておくれ」。そう願いながら悠一郎も公子も、毎日、毎日、ハラハラして薄氷の上を歩く思いです。

 公子が機転を効かし、おかず数種類を水分をタップリさせミキサーにかけ、主食のご飯はふりかけをかけ、お湯を入れやはりミキサーにかけ、それらを透明なコップに入れ、口元にもっていきます。少しでもいいからゴクンと飲んでくれるように面白い話をし、そういう気配を感じたらすかさずコップをギュッと口元に押しつけます。

 ですが、幸子は遠くを見つめ別の世界にいる時間と、ふと我にかえってくる時間とが交互にやってきて、別世界にいる時間のほうが長いのです。それでいて耳はチャンとまわりの声や音を聞いているのです。

 今日は昼食時に東京12チャンネルでドラマ「李香蘭」のメイク番組(出演俳優や、どうやって撮影したかを放映する予告編)を流しました。

 悠一郎は旧満州の首都新京(今の長春)に住み敗戦時は旧制中学の4年生でした。李香蘭の出演映画を制作したのは新京の通称満映でした。急成長を続ける中国の政府は、あの広大な国土の一角に上海、南京、新京の街並みをそっくりオープンセットとして復元し公開しているそうですが、ロケーションはそこで行われました。本番のドラマは11、12日の夜連続して」放映されます。上戸彩が李香蘭を演じ、同じく老境にはいってからは野際陽子が演じています。北京の紫禁城や、上海の公園ほかは原寸大だそうです。

 悠一郎はまたまた懐旧の念に涙ぐみながら、必ずドラマを見るつもりです。世の中には、あの街、この街に住んだり、ぶらついたことで、必ず見たいと思われる人が数知れずおられると思います。
 
 12チャンネルが予告編を流しているとき、突然、幸子は泣き出し声がうるんできました。耳はチャンと働いているのです。幸子は中国をパッケージ旅行したことはあっても、向こうで生まれたわけではありません。でも、悠一郎からしょっちゅうかつて旧満州にいたときの話を聞いていました。悠一郎は胸がキュッと熱くなりながら、幸子の温かい手をにぎってやりました。公子は涙ぐみながら、そっと2階へあがっていきました。
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by burari-skuri | 2007-02-10 23:42 | 介護・老い
幸子がショート・ステイに行っている間に

「硫黄島からの手紙」のようなことは2度とあってはならない

 幸子は、個別対応を真剣にしてくれるBP介護施設に3日から8日まで行っています。その間に悠一郎は今話題の映画「硫黄島からの手紙」を見てきました。有名な俳優、監督、市長のアメリカ人クリント・イーストウッド制作になるこの映画は、見事に事実を再現しています。ここに描かれてりる映像はすべて本当です

 悠一郎は自分経験からとめどなく涙がでてしようがありませんでした。といいますのは、悠一郎は、敗戦時に父親が旧満州の首都新京に住んでいて、自分は旧制中学の4年生で、同じような軍事教練を受けた経験があるからです。硫黄島の玉砕のニュースも、アツツ島玉砕のニュースもみな聞きました。

 大本営首脳部の卑劣な海軍艦隊壊滅の事実の隠蔽と保身によって、赤紙一枚で召集されたこれだけ多くの兵隊さんたちが、無念な思いしながら死んでいったのですから。幸いいまはこのように平和です。再びこのようなことがあってはなりません。この映画は、ほとんど全部が日本人俳優と日本語で制作されています。主演は渡辺謙です。この映画は日本側から見た映画です。なお、イーストウッドは英語でアメリカ人俳優たちからなる「父親たちの星条旗」とあわせて
2部作といわれています。

世はまさに「インターネット時代」

 今日(7日)は、日経BP社が主催するNET&COM(2月7日~9日)という展示会兼セミナー(東京国際展示場、別名東京ビッグ・サイト)のうち展示会のほうを視察にいってきました。悠一郎は展示会を見て、「世はまさにインターネット時代になったなー」という印象を抱いて帰ってきました。

 かつては展示会やショーといえば、メインフレームといわれる大型コンピュータがガラス張りの奥に鎮座ましましていたものでしたが、今日は影を潜め、出品しているかつての大メーカーといえば、日本IBM、NEC、日立、富士ゼロックスぐらいしか見当たりませんでした。

 何が主要な主要なテーマかといえば、「セキュリティ」(ハッカーの侵入を防ぎ、情報の破壊や漏洩が起こらないようにすること)、「ウィールスの汚染からコンピュータを守るワクチン」、「無線ネットワーク」、全社視野から会社全体の動きを正常な営みにもっていき、最も競争力のある状態にする「コーポレート・XXXXXX」といわれるものです。

それにしても、正しい情報を誰でも得られるようにすることがいかに大事かは、映画「硫黄島からの手紙」が示しています。悠一郎の介護の経験からいいますと、どうも2006年4月の介護制度改正は予算圧縮にとらわれていると思います。いま隣近所に介護を要する人がどんど増え、老が老を介護する状態が増え、一方で孫を見なくてはならない50代後半から60代の老人がどんどん増えて(NHKのニュース解説でとりあげていました)いるときに、政府は予算削減ばかりを優先しているような気がしてなりません。

 効率と予算削減ばかりを追求すると、看護師の方がたは時間とノルマを気にして個別対応ができなくなり、その結果介護される人が、例えば自らさじを持って口へ食べ物を運べる能力をもっているのに、口を「アーン」として待っている状態になってしまうと思います。

 NHKも民間テレビも、最近よく認知症の取材をして放映していますが、肝心の介護とはほんとうのところどういうものかを伝えていません。政府の目を気にしているせいか、視聴率を高めることばかりに腐心しているからでしょうか。
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by burari-skuri | 2007-02-07 20:51 | 介護・老い