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by burari-skuri

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悠一郎の介護メモ-5

坂を転がるように認識機能が減退する

11月18日(土) ここ半月の間に目に見えて認識機能が減退している。それこそ坂を転がるようにである。いままでは、椅子に座っているとき、背筋はまっすぐで聞き耳を立て、なにやかやと返事をしたり、しゃべったりしていたのが、前かがみに、活気もなく暇さえあれば眠っているようになった。

 家の中でもポータブル・トイレに誘導するときには一苦労だ。歩き出した赤ん坊の手を引くように1、2,1,2と言いながら」トイレの方向に誘導するのである。すると調子のいいときには「1、2、3、4、5、6・・・・・・」と唱和しながら、そこへへばりがちな足取りでついてくる。

 玄関前の階段はもう登れなくなってしまった。その場にへばってしまうということは、体重が62キロあるのだから、ものすごい力で「怖い。フン、フン、フン、フン」と泣きじゃくるような声で下へ向かってへばろうとするわけで、2倍の124キロの重さが支える人にかかることを意味する。一人ではどうにもならない。できたら3人がかりで、やっと処理しきれるほどの重たい仕事なのだ。

 「老が老を介護するんですから、大変なんですよ。これは経験した人でないとわからない。介護保険の改正を考えた役人は、そんなこと知らないですよ」と、ある開業医が言っていた。

 公子には感謝というほかない。公子はここ数年来病身でありながら、あの馬力をもってあらん限りの力を振り絞って、「さっちゃん、大丈夫よ。」とやさしい言葉で励ましながら、幸子をへばらせないように支えてくれる。もともと53キロしかなかった悠一郎にはとてもできないことだ。毎日、毎日、幸子を送り出し、迎えるたびに、今日は「クリアでいてくれるといいんだけどね」と娘と会話をかわしている。

 数日前には、玄関の上がりがまちで、公子が幸子の下敷きになったことがある。
 もともとは、庭先の平なところに、玄関があったのでから、至急木戸からでられるようにしたいとかんがえている。
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by burari-skuri | 2006-11-19 15:58 | 介護・老い

悠一郎の介護メモー4

介護施設をトコトンまで活用するには

大まかに4種類の介護施設がある

10月24日(火)
  悠一郎と公子はこの日大忙しだった。「M総合病院に幸子のクスリ処方診断を受けにいく」、「その処方箋をH薬局に提示しクスリを受け取る」、「クスリをBP介護施設にショート・ステイ中の幸子の分として届けに行く」、「と同時に幸子の様子をBP介護施設の職員に聞く」、「BP介護施設の母体(財団法人)が運営しているED介護老人保健施設の見学に行く」をやり遂げなくてはならなかった。

 二人は午後3時には、首尾よく全部スケジュールを終えることができた。幸いY先生の処方がよく幸子に合っているらしい。いま快活に振舞っていたかと思えば、かわいそう」と言って急に泣き出すといった情緒の起伏の激しさは消えて落ち着き、就寝後はすぐ熟睡体制に入り、翌朝5時ごろまで眠ってくれるようになった。BP介護施設へショート・ステイに入ってからは5日目になるが、ここでもこのパターンは続いており、幸子は元気だった。「ああ良かった」。悠一郎と公子は安堵した。

 ED介護老人保健施設の内容は、「悠一郎の介護メモ-3」に書いたEB介護老人保健施設と同じだが、明るさとリハビリ(この場合リハビリとは何でも自主的に行うように誘導すること)の強さの点ではるかに劣ると直感できるし、ムードが暗い感じだし、幸子には入所させたくないと思った。公子も同じ意見だった。この事実は、BP介護施設が優れているからと言って、別経営の介護老人保健施設が必ず良いとは限らないことを示している。

 とくに重症のお年寄りを預かるフロアの印象は暗かった。全体的に能動的というよりは、受身的で、お年寄りたちは口を開け、背もたれに全身を預け、沈んで見えた。何でも自分でするように、誘導することが基本ではなかったのか。

 大まかに言って、介護施設は次の4種類の施設がやっていると言えるだろう。

1.在宅介護支援施設・・・・・・日帰りのデイ・サービスと、数日から最長10日前後の間、認知症の人を預かる介護施設。デイ・サービスとヘルパー・ステーションをやっているところ、さらにケア・マネージャがいて、ケア・マネジメントをやっているところほか、さまざまだ。

 デイ・サービスは、大体9時半前後に迎えのバスかワゴンが来て、午後4時半~5時半前後にバスかワゴンで届けてくれる。認知症のお年寄りは、その日その日でものの認識の程度が違う。その日になって見ないと、今日はスムーズに自分で立って歩いてバスに乗り込んでくれるか、介助者が全身で力を出して機嫌よく送りださなくてはならないかわからない。施設によっては、こういうときに職員が家まで上がって、「よいしょ」と立ち上がらせるところから介助してくれるから大助かりだ。

 デイ・サービスでは、預かってくれる間に簡単な遊びやお話、体操、ゲーム、手芸、書道、昔懐かしい小学校の唱歌などなどを、誘導してさせてくれる。

 ショート・ステイ・サービスは、前述のように数日から最長10日ほど認知症のお年寄りを預かって介護してくれるサービスだが、在宅介護の家族にとっては、この間介護から開放されるので、夜はたっぷり眠ることができるし、休養をとることができる。デイ・サービスではの夕食の用意を始め、時間内に食材を買いに行ったり、何かと準備をしなくてはならないので、かえってせわしなく感じる。だが、意欲的な介護施設のサービスだったら、丁寧に入浴させてくれるし、元気になって帰ってくるのだから、十分に存在価値がある。家ではどうしても、生活が単調になってしまう。

 ショート・ステイで意欲的な介護施設は、頭脳活性化の問題をプロが辛抱強くカリキュラムに沿って楽しく声かけしてくれるのだから、大いに意義ありである。

2.介護老人保健施設(略して「老健」と言っている)・・・・・・特別養護老人ホームは、入所したらそこで家庭同様の自然な生活をおくるところだが、老健は機能回復と自立をめざし、原則としてそこで3ヵ月間生活し、あとは家へ帰って在宅介護を受けることになる。老健は、運営母体ごとにたとえばリハビリの専門家が多数いて誘導してくれ、三度三度の食事のあとには口腔衛生を重視して歯を磨いてくれるとか、それぞれに特徴あるサービスを提供しているようだ。

3.特別養護老人ホーム(略して「特養」と言っている)・・・・・・介護保険制度を利用する公的サービスと有料老人ホームとがある。7,8人がグループとして家庭的な雰囲気で生活するスタイルのところが多いようだ。介護保険では認知症の軽重度が5段階あるが、いろいろの段階のお年寄りを受け入れて、お互いに刺激しあうように配慮されているようだ。公的サービスの自己負担額は、全介助が必要な認定度5の場合、部屋代、食費、介護サービスを合わせて1ヵ月17万円前後かかると見てよいだろう。有料ホームはいろいろで、1ヵ月30数万円かかるところや、入所するときに400万~500万円払って、あとは毎月14万から15万円払うところなど、いろいろあると聞いている。

 介護保険は、自己負担額は10%なので、自己負担額の9倍を国と自治体が負担している。もちろん1から4までの全施設で保険で認められているサービスを越えるサービスを受ける場合は、実費を支払うことになる。

 東京の場合、公的特養への入所申込者が良い評判のところへ殺到していて、申込者は500人から1,000人に達するが、受け入れる施設では毎月会議で調査結果に基づき、待ち順位を認知症のお年寄りのその月その月の病状に応じて調整している。

1.から3.までの介護サービス施設には、資格を持った看護師と介護士がいて、体温、血圧、脈拍を常時測定し、たとえば異常があれば入浴を見合わせクーリングしてくれるなど、適切な処置をしてくれる。

4.ヘルパー・ステーション・・・・・・ヘルパーさんが介助のために決められた曜日を決められた日の決められた時間にきてくれて、たとえばおかずをつくってくれたり、掃除をしてくれたり、買いもの介助をしてくれたりする。介助の内容は、それこそ千差万別である。

 悠一郎はポリープと腺腫を切除してからもう4ヵ月たつのに体重が回復しないので、幸子が朝目覚めてから上体を起こし、ポータブル・トイレまで誘導して用を済まさせ、紙パンツとパッドを取替え、洋服を着せるのに1時間半もかかってしまうので、週1回こういうことをしてくれるヘルパーさんにきてもらうことにした。しかし、こういうことが得意なヘルパー・ステーションはなかなかない。ところが、悠一郎がお願いしているケア・マネージャは探してくれたのである。ヘルパーさんは男性だが、実際にやってみたところ、女性よりもかえってよいようだ。

家族・主治医・ケア・マネージャ、三位一体の信頼関係が大事

 以上のような介護の実情のなかで、認知症のお年寄りに最も良い介護環境を作ってあげる秘訣は何かと言えば、介護に当たる家族と、お医者さんと、ケア・マネージャの三者の間に信頼感関係が築かれることが大事である。

 家族は安易に「介護施設にお年寄りを送り出せばいい」と考えるのではなく、実際にどんなサービスのやり方をしているかを体験見学し、納得したうえでサービスに送りだすこと、主治医は患者が日ごろどんな様子であるかを家族からよく聞き、患者の個人に最も合った医療と処方をすること、ケア・マネージャは介護の世界に通暁し、制度を熟知していて、真剣に患者と家族のために介護サービスが提供されるように熱意を持って努力すると言う三位一体の信頼関係が築かれたときには、認知症のお年寄りの個人に最適の介護環境が提供されると思う。それと、どこの施設がお題目を並べているのではなく、ほんとうにお年寄りのことを考えてサービスしているかを、具体的に知っているケア・マネージャと契約することが大切である。

歩かなくなる日がガクンとやってくる

10月30日(月)
つい2ヵ月半前には幸子は悠一郎と散歩にでかけ、近所の道路の花壇ゾーンを観賞しながら
1000メートルは歩いたのに、いまでは居間から台所へさえ歩いてこなくなった。現実の世界と、われわれ普通人の世界を行ったり来たりしているように見える。突然歩かなくなるのではないが、目に見えてガクンと歩く機能が去っていく感じだ。

 10月30日は、認知症のかかりつけであるM総合病院では認知症以外の病気で何かあっても急患として受け入れてくれないことなりつつあるので、主治医の奨めにしたがって総合病院の内科にかかりつけの関係をつくっておくために、T総合病院を予約してあった。

 いつものことだが、幸子は幸子だけが知っている普通人とは別の世界と、われに返った現実世界を交互に行ったり来たりしている。アルツハイマー病は人格の破壊は起こらないので、一見言語は正常に受け答えする。だが、言語と知識、常識、時間の理解との連動がバラバラになるから、ものの表現が立体的にできない。

 しかし、われに返っているときの理解は実にリアルで、この調子なら快方に向かっているのではないかと思うときがしばしば起こる。そのあとで、ガクンと機能の急落が起こり、愕然とさせられるのである。

 10月30日もそうだった。もう最近ではめったに自分で箸を持って食事をtべることはなくなってしまったが、アーンをしながら、快活に朝食を終えた。この調子ならスムーズにタクシーに乗り込んでくれるに違いないと思われた。

 ところが、タクシーが家の前に到着したときには、幸子の頭の中では場面が変わってしまったのだ。そのうえ満腹したので、眠りの体制に入ろうとしていた。「わたしは、いかないよ」。幸子は、靴をはくことを拒む。情緒が安定しているときには、スムーズにはいてくれるのに、この日はてこずらせる。我が家には玄関前が急な階段になっていて、7段もある。

 幸子は1段降りるごとにものすごい力でその場に座り込もうとする。幼児のように涙声で、「うん、うん、うん」と言い続ける。それを3人がかりで起こして、1段、1段を降りきったら、タクシーのタイヤの真横で道路に寝転ぶように座り込んでしまう。

 ようやく車の座席に座らせたら、そこで気が落ち着いた。病院に着いてからは、そこの車椅子を借りたから、問題はなかった。採血、診断を受ける間は、情緒が安定していた。幸い検査結果は、正常で安定しているということだった。

介護タクシーを呼んで帰宅する

 この調子では、帰りのタクシーに乗り込むまでが大変だ。公子が「介護タクシーにきてもらったらいいわ」と、ケア・マネージャが介護タクシーがあると言っていたことを思い出した。悠一郎はすぐに病院の受付のガードマンのところへいき、「介護タクシーを呼びたいのですが、電話番号をおしえてください」とたずねたところ、「ここではよんだことがありませんので、わからないんですよ」という返事だった。

 「お父さん、いいわよ。Sさんにかけるから、待ってて」と公子がかけてから,10分後には車椅子つきのワゴン車がやってきた。タクシーの運転手さんは道に入ったもので、家に着いたときも、幸子が階段を登り、上がりがまちを登りきるのを介助してくれた。これで料金は1,150円という安さであった。

 介護タクシーはSさんが「空いているタクシーがあるといいんですけどね。なるべく近くのところをさがしてみましょう」と言って、ただちに呼んでくれたのだった。日本では、大総合病院でも、まだ介護タクシーの発着までは気を配るところまでいっていないのである。これに対してケア・マネージャはちゃんと知っていて、すぐに対応してくれたのである。
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by burari-skuri | 2006-11-14 17:05 | 介護・老い