介護の現実を描きます。ITトピックスをお知らせします。旅と歴史を描いた私のHP「日本ぶらり歴史の旅」(英文もつくってあります)http://www.ab.auone-net.jp/~nut/にもぜひアクセスしてください。


by burari-skuri

<   2005年 10月 ( 2 )   > この月の画像一覧

介護保険は私たち国民のもの―利用してこそ価値がある

 2995年10月9日だったか、テレビのニュースで板橋区役所が、「認知症」は早期に気づき治療を始めて、病気の進行を送らせることが大事で、板橋区には認知症の専門知識をもった開業医がこれだけいるから、気づいたときは、このリストのお医者さんに相談したらいいという趣旨のチラシを配ったという話を流していた。悠一郎はさっそく近くの区役所の出張所に行き、そのチラシのコピーをもらってきた。

 チラシは、板橋区医師会が出したもので、A4判の大きさで裏表の各1枚のチラシだった。それを三つ折にしたもののようだ。表には「「認知症」 早期の気づきが大切です。歳のせいにしてはいませんか?認知症は病気です。お困りの方は方は気軽に、物忘れリストをご活用ください」(板橋区医師会所定の研修会を終了した医師です)と書いてあり、裏に54人のリストが、住所、電話番号つきでのっている。

 認知症にかかっている人々は、150万人もいて、その人々を介護で支えている家族を足すと、一人当たり1.5人としても375万人が認知症に苦しみ、悩んでいる。それだのに、日本は区役所がチラシを配っただけでニュースになる段階だ。

 しかし、2000年に介護保険制度が実施になり、 介護支援体制も急速に立ち上がりつつある。
認知症は,普通の病気のようにハッキリかかって、直るときはサッと健康が戻る病気ではない。
[PR]
by burari-skuri | 2005-10-09 22:45 | 介護・老い
デイ・サービスを受けるまで

 「生田さん、おはようございまーす。私は、担当の山田です。よろしくお願いしまーす」。今日は、デイ・ケア・サービスの体験日である。K介護支援センターのマイクロ・バスは朝9時23分、約束の時間にピタリと玄関に横付けになった。「おはようございまーす」男性の運転手さんも、にこやかに微笑した。感じがいい。すでに男性のお年寄りが1人のっていた。

 「あと3人をお迎えしてから、センターに行きます」と、山田さん。幸子は、中ほどの座席へ座り、悠一郎と長女の公子は助手席へ座った。N大医学部付属病院の近くの家に立ち寄る。すぐに女性が乗り込んできた。相当肢体が不自由で、元気がない。白髪の夫が、「そこそこッツ。足をあげてッツ」と、つっけんどんに送り出す。女性は、無表情にやっと幸子の隣の席に座ったと思ったら、間もなく幸子に寄りかかって、センターに着くまで眠っていた。

 悠一郎は、かつて駅の自動改札口に幸子が、電車のチケットを「ここに切符を入れるんだよ」と言ったあとで、幸子が失敗すると、つい声を荒げて、「ここ、ここッツ!」と言っていたが、いまは、「言われた幸子はどんな思いがするだろう。やさしく言ってあげなきゃ」と思いやるようになった。だから、「ああ、この人はずいぶんつっけんどんなんだな。気をつけなくては」と内心思った。あとで公子に感想を話すと、「私もビックリしたわ。人の振り見て、わが振りなおせね」」と言った。

 センターへ着いた。広々と明るい部屋が数室ある。小学校の教室のようにお年寄りの楽しい作品や習字が飾ってあり、「いい雰囲気のところだな」と思った。トイレには必ず職員が付き添って必要な介護をしてくれる。入浴も清潔で広々とした部屋に設備が整っている。今日は山田さんが1日を過ごす責任者だ。職員は職業柄、みんなにこやかで、声が透っている。

 午前中は、椅子を車座に並べて、山田さんが話しを始める。歯切れよく発音し、絶えずお年寄りに問いかけ、飽きさせない。職員の粒がそろっている。重度のお年寄りは、別のテーブルを囲んだ椅子に座っていて、じっとしているか、眠ったようにしていた。

 こちらは、手ぬぐい体操。話を交え、「○○さん、上手にできますねぇ」とほめる。するとお年寄りは、やる気を起こす。とにかく、話し上手である。体操のあとは、別のテーブルで、紙風船のキャッチボール。いままで見る,聞くばかりでいた幸子がゲームに加わった。そうこうしているうちに、昼食の時間がきた。料理は、カロリー計算に基づく申し分ないものだ。

 毎日の時間割ができており、曜日によって音楽の先生がきたり、手芸の先生がきたりして、昔懐かしい唱歌を歌ったりもできる。「唱歌は人気があるんですよ」。「これなら安心できるな」と、悠一郎は思った。

デイ・サービスは家人が体験してみること

悠一郎と公子は、「大事なおかあさんを預かってもらうのだから、安心できるところでなければ・・・」と、考えていた。二人は、もう一軒見学することにした。そこはある駅から徒歩で一分の雑居ビルのなかにあった。ここは、半日体験ということだった。

 「え?これでデイ・サービスをするの?」。悠一郎は、内心おどろいた。そこは、24、5畳の板の間の空間があるだけ。入り口で靴を脱いで、スリッパにはき替えなければならない。すでに今日のサービスを受けるお年寄りが6人ほど、部屋の一角に置かれたテーブルの周りの椅子に座っていた。

 悠一郎と公子が、靴を脱いでいると、そのなかの50歳代と思われる男性が、いきなり「トッホホホホホホーオッツ!」と、奇声を張り上げた。10分ほどいるうちに、男性はひっきりなしに奇声を発することがわかった。みんなは慣れっこになっているらしかった。半日見学している間、男性は奇声以外には何もしゃべらない。ときどき、トイレに立った。女性が付き添った。風呂も、トイレも狭かった。

 そこにいる職員は、20歳前後の女性、ベテランの30歳代と思われる女性、20歳代前半の男性の3人だけだった。やっている内容は、似ているが、元気が感じられなかった。悠一郎は、一軒目のK介護支援センターと契約することに決めた。

 同じ介護サービスを受けるのに、センターによって雲泥の差が出てくる。日本で介護保険制度が発足したのは2000年であり、急速に介護体制が立ち上がってきてはいるものの、実態は玉石混交である。小規模でも深く考えてプログラムを組んで、一生懸命にやっているところは、それなりに良いサービスを提供していることだろう。「認知症の人にデイ・ケア・サービスを受けてもらうには、おうちの人が何軒かを体験することが非常に大切だなあ」と、悠一郎は思うのであった。

 幸子が、デイ・サービスを受けるようになってから、幸子も楽しそうだし、悠一郎も、公子も時間の余裕ができ、悠一郎は原稿執筆が精神的余裕をもちながらできるようになった。自然に体のほうも回復基調になってきたようである。感謝、感謝。

 
 
 
[PR]
by burari-skuri | 2005-10-08 21:10 | 介護・老い