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by burari-skuri

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終生現役

中川牧三さんのさわやかな、すごい筋金入り人生

世界最高齢の指揮者

 約1年前の2004年6月13日)の朝、フジテレビは日曜朝の定例番組「報道」を放映し、そのなかで年金問題をとりあげていましたが、たまたまお年寄りの人口にふれ、「敗戦後間もない時期の100歳以上の人口は150人に過ぎなかったのに対して、今は2万5000人のい達している世界一の長寿國である」と言っていました。

 それから半年後に私は、インターネットを活用して世界一の無店舗書店、アマゾンにアクセスして買いたい本を注文しましたら、向うから近刊の「101歳の人生をきく」(中川牧三+河合隼雄著、講談社刊、本体1500円)が出ましたよと、購入を奨めてきました。もちろん、すぐに注文して二日後に現物が届きました。さっそく開いてみたのでしたが、これが大変面白くて、一人占めするのはもったいないので、家内に朗読して聞かせることにしました。

 本は、対談形式で、聞き手は臨床心理学者で、フルート奏者としても知られる河合さんなので共著になっていますが、中身は中川さんの歩まれてきた人生そのものです。話は、2004年2月20日に大阪・中之島公会堂で関西フィルハーモニーの指揮をされたことから始まっています。つい今月(2005年4月)上旬のことですが、偶然私はNHKの3チャンネルを選局したところ、聞き手は放送局の人でしたが、中川牧三さんとの対談放送が飛び込んできました。中川さんは、相いも変わらず矍鑠(かくしゃく)として最近、オーケストラの指揮をされたことを答えておられました。ですから、102歳の現役指揮者です。すばらしいではありませんか。

ほんとうのイタリア歌劇のベルカント唱法の普及を手弁当で

 中川さんは、京都の出身(以下敬語略)で、8歳のころからバイオリンを学び、18歳のころから声楽と指揮を本格的に始めました。近衛家とは家族ぐるみのお付き合いがあり、その関係で近衛秀麿氏がしょちゅう家に遊びに来ていました。そんな関係で、父親の望みに反して音楽家への道を歩み、ベルリン国立高等音楽学校、ミラノ国立音楽院、国立スカラ座歌手養成所、南カリフォルニア大学で学び、イタリア、アメリカでテノール歌手としていくつものオペラに出場しました。第二次世界大戦後は、オペラの本場イタリア歌劇を私財を投じ、手弁当で実現、同時に国際水準の審査をすることで名高い「イタリア声楽コンコルソ」を創設しました。

 ですから、フルトベングラー、ラフマニノフ、マリオ・デル・モナコ、音楽家であれば飛びあがるような著名な人々と親交があり、尽きないエピソードを見てきました。本場イタリア歌劇の歌手は、ベルカント唱法(ダイナマイト・ミキ氏によれば、ベルカント唱法とは、「マイクを使わずに大きな会場にも声を響かせるため、腹式呼吸使って体の中の支えをコントロールする歌唱法」です。http://www.multilingual.jp/d-miki/contents/omoshiro-neta/1.html)で歌うから、マイクなしでもハッキリ聴き取れるそうです。ひとつには、言語の母音の発音に関係があるようです。日本語も子音のあとに母音がくる言語で最も美しい言語のひとつです。中川さんは、日本人にもいい歌手が出てきていると言っています。

 これは余談で、またの機会に書きたいと思っていますが、近頃、日本のマスコミは、言語についてなんと浅はかでしょうか。テレビで一番耳につくのは、きれいな言葉を習っているはずのアナウンサーまでが「スゲー」と言ったり、「獲得」とか、「入手」という言葉があるのに、「~をゲット」と画一的に言うことで、いい加減にしてもらいたいと思います。きれいな日本語を使うのもアナウンサーの仕事でしょう。

敵国大統領ルーズベルトの死を悼んで弔旗を掲げる

 中川さんは、第二次世界大戦中は、召集され支那派遣軍総司令部付幕僚および上海陸軍報道部スポークスマンをつとめていました。つまり、諜報活動の渦巻く国際都市上海における陸軍の宣伝の責任者です。

 アメリカのルーズベルト大統領は,終戦も間時かな近かな1945年に亡くなりました。このとき中川さんは、元アメリカの豪華なホテルを軍が接収し、宿舎に当てていた建物の筋向いにあったイギリス人経営の大きなコーヒー・ショップの塔の上と、市内5ヵ所にルーズベルトを悼む弔旗を掲げさせました。「たとえ敵国の首領であっても、なくなったときには英雄として敬意を払うものとおもっていましたから」と、中川さんは対談に答えています。そして、名刺の裏に「誰もこれを降ろしてはならない。何かある場合はこちらに連絡せよ」と書いて、コーヒー・ショップのマダムに渡したそうです。

 敗戦後、上海の軍事法廷で証人台に立ったときには、偽証すると最低9年間の禁固兄か、死刑もあり得ると脅されたのですが、マダムの「この人だけがいつもコーヒー代を払ってくれたし、ルーズベルト大統領が死んだときも、弔旗をたてさせてくれた」という証言で、無罪放免になったし、裁判にかけられていた二人の日本人も無罪になったそうです。

 テンション民族と戦後、日本人が自嘲したように、短絡的に行動しかねないなかでのことです。ましてや戦局が悪化の一方をたどりつつあったときです。中川さんは、豪胆な心の持ち主であると同時に、真のメトロポリタン(国際人)と言うべきでしょう。

狼のボスを睨み返して命拾いする

 旧満州のソ連国境が目の前の満洲里(マンチュリー)というところの部隊にいたときのことでした。中川さんは、ロシア人のバーでいっぱいひっかけたあと、厳寒の市中に出たらアッと言う間に狼の群れに取り囲まれました。

 いまでも思い出すと、ぞっとするそうです。中川さんは、ニ、三日前に狼に取り囲まれたときは、四つんばいになってボスを睨み返し、前へ近寄っていけば、命拾いするという話を思い出したそうです。よく熊に遭遇したときは、背中を見せてはいけない。睨み返しながら、静かにあとずさりし、離れよ、ということを聞きますね。

 中川さんは、ロシア人の言ったとおりのことを実行したのでした。1時間ぐらいかかったそうです。そうすると、突然、40~50匹もいた狼が囲みを解き、いちもくさんに逃げていったそうです。
なんと稀有なすごい体験をされたことでしょう。

健全な心に、健全な身体は宿る


 英国の諺に、”A sound mind, in a sound body.”(「健全な身体に、健全な精神は宿る」)と言うのがありますが、私が元企業につとめていたときの社長の村瀬直養(なおがい)さんは、ある年始のあいさつで、この諺は逆で、ほんとうは「健全な心に、健全な身体は宿る」のではないかと指摘されました。かかりつけの医者に、このことを話したら「そのとおりですよ」と答えたそうです。

 私も同感です。ついでながら、今Jはなき村瀬さんは、敗戦間近かの昭和天皇の午前会議の時、法制局長官をつとめ、会議に列席しておられましたが、「議会の可決なしにポツダム宣言を受諾できるか」という時の鈴木貫太郎首相の問いに対し、30分考えさせて欲しいと返事し、休憩後「受諾は可能です」と答え、日本を救った人です。

 中川さんのことを書いていると、なぜか村瀬さんの思い出が頭をよぎりました。幸い、私もIT界のウォッチャーとして、いまだに取材・執筆活動を続けております。今後もでき得れば、終生現役を貫きたいと思っております。

c0067077_8541212.jpg この記事の最後に,最近撮影した写真を読者の方がたにお送りします。ひとつは、近頃少なくなった路傍のタンポポです。もう1枚は、真っ赤な花をつけたとおりがかりの家のサボテンです。



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by burari-skuri | 2005-04-15 10:29 | 人生

桜が贈ってくれた春爛漫

桜の開花、日本列島をぐんぐん北上中

同じ場所でも、桜の種類、植わっている場所、陽射しによって開花の時期が微妙に違うようです。当然、弘前のように東北地方にある名桜の開花も遅くなります。静岡県でも広大な富士霊園は、4月も下旬に満開になり、見事な眺望を呈します。

先週は、静岡県三島市三嶋大社の池面に垂れ下る枝垂桜の情景の写真を1枚だけご紹介しましたが、今日はあと2枚をご紹介しましょう。1枚目は、のんびりと参道の桜のトンネルを歩む参拝客です。というよりも、桜につられてやってきた人たちというほうが当たっているでしょう。この参道は、旧下田街道に通じていて社殿と逆方向にどこまでも歩けば、下田へ到達するのです。c0067077_9241320.jpg

境内の中ほどに門がありますが、2枚目の写真は、その門の手前から向こうを覗いた情景です。門をくぐtると舞殿がありますが、鎌倉の鶴岡八幡宮にある、頼朝が義経の妻静御前に舞を躍らせたという舞殿は、この舞殿と同じ配置です。舞殿の右側には、樹齢1200年以上の金木犀があり、いまも秋には馥郁たる香を遠方までただよわせています。c0067077_9361035.jpg

3枚目の写真は、先週ご紹介した写真と同じものです。この池は社殿に向かって左側の池です。池の中に小さな島があり、亀が何匹も甲羅干しをしています。よほど運が良ければ、橙橙色に真っ青な装いをしたカワセミが、急降下して獲物を襲う姿を見ることができます。c0067077_9474160.jpg




東京の石神井川、早くも散り始める

東京の石神井川の延々8キロにわたり続く桜並木には、満開期が8日に訪れました。昨日、10日は日曜日とあって、遊歩道は春爛漫を満喫する人々が大勢押しかけました。遊歩道やいくつも架かる橋のそこここには宴会の輪がつくられ、気勢を上げる人々も見かけました。私は、家内と延々8キロの遊歩道の全行程を歩いたことがありますが、一番の見所は東武鉄道中板橋駅下車、徒歩で約3分の川沿いだと思います。c0067077_1052229.jpg

桜の開花時間は1週間だそうです。昨日の日曜日は、満開になった8日から3日目でしたが、暖かい強風にあほられて早くも花吹雪の真っ只中を行くようでした。「実に惜しむらくは桜かな」です。私のような世代は、旧制中学の時に受けた厳しい軍事教練で歌わされた軍歌が思いだされてしまいます。とくにその時旧満州で苦楽を供にしたクラスメートたちとは、「血肉分けたる仲ではないが、なぜか気が合って別れられぬ」思いです。「昭和は遠くなりにけり」です。平和は、なによりも大切です。c0067077_10252622.jpg
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by burari-skuri | 2005-04-11 10:27

春爛漫にあと一息

桜前線北上遅れる

4月2日、3日と桜の名所を視察がてら、散策を楽しんできました。2日は、元禄の老中で忠臣蔵などの芝居や映画に顔を出す柳沢吉保(川越藩主)が自ら設計し、指揮して築園したという六義園(りくぎえん)へ家内と娘を伴い散策してきました。

3日は、家から歩いて20分のところにある石神井川(しゃくじいがわ)で、昼食を食べにでかけたあとの散策です。こちらは、残念ながら昨日までの底冷えのする天候のために、一分咲きにすらなっていないありさまでしたので、写真は撮るのをやめにしました。あさってもう一度見に行き、開花していましたら写真を撮り、ここへ掲載いたしましょう。

私は、ここ板橋区に半世紀以上住んでおりますが、40数年前には石神井川といえば、土手につくつくぼうしとタンポポが連なるのんびりとした、散策の川辺でした。石神井川は、練馬区、板橋区、北区を縦貫し、隅田川へ注ぐ川で、両岸には延々約8キロにわたって桜の木々が植わっていました。ところが、40数年前に利根川が氾濫し、ほんとうに板橋まで水がきて、小舟さえ出たために、石神井川を護岸工事したおりに、川底までコンクリートにしてしまったのでした。幸い、桜の木々は残されたので、いまも石神井川は、三つの区を縦貫する桜の遊歩道になっています。

満開時には、文字どおり「花の雲 鐘は上野か 浅草か」という俳句がぴったりの春爛漫の景観を呈します。桜並木の長さは関東一といわれるのに、コンクリートの川で風情不足のためか、マスコミは報道しないのです。残念でなりません。

春夏秋冬に花咲く広大な六義園

c0067077_16483034.jpg六義園は、いまは東京都の管理下にあり、入場料は一般300円、65歳以上150円です。山手線のJR駒込(こまごめ)駅で下車して3分のところに、こんもりした緑の園が見えます。それが六義園です。小石川の副将軍水戸光圀が完成した後楽園より広大な回遊式庭園で、けやき、泰山木、こぶし、きぶし、すだ椎、やまもも、桜、えのき、楠、赤松、黒松、などなどの巨木が散策客を楽しませてくれます。総じて巨木は、他の,名園の木々にくらべて背が高いような気がしました。ある意味で、江戸文化の絶頂期にある老中の権勢を表しているともいえましょう。
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真中に広い美しい池があり、変化に富む景色を眺めながら散策を楽しむことができます。花暦を述べますと、1~2月は、ロウバイ、サンシュユ、梅、3月は、ミツマタ、キブシ、ツバキ、コブシ、枝垂れ桜、4月は、ソメイヨシノ、ツツジ類、ヤマブキ、5月は、ミズキ、エゴノキ、ウツギ、サツキ、6月は、アジサイ、泰山木、7月は、サルスベリ、9月は、萩、10~12月は、山茶花、チャが咲き競うそうです。

なかでも写真に掲げた枝垂桜有名です。2日に行ったときは、五分咲きでしたが、見事なものでした。もう一枚の写真は、ミツマタです。枝が必ず3本に分かれていることから、ミツマタの名がつきました。夜は9時まで枝垂れ桜のライトアップがなされ、1日の晩には4500人もの観客がつめかけたと、テレビで放映していました。

2,3日来の底冷えで石神井川の桜の満開は1週間遅れ

私は、5日にもう一度石神井川に行ってみました。東武鉄道東上線の始発駅である池袋から四つ目の中板橋駅で下車、徒歩で約3分のところに石神井川が流れていますが、ここの景観が満開時には最高に見事です。しかし、今年は、先週いっぱい続いた底冷えのために、桜は5日現在、写真のように未だ三分咲きといったところです。
c0067077_20284436.jpg中板を手始めに王子方面に遊歩道を楽しむのも一興だと思います。多分、今年の満開は、8日頃になると思います。





三嶋大社に春爛漫到来

4月6、7日の初夏のような陽射しで、静岡県三島市の古來名高い三嶋大社の境内では、桜が一斉に満開になりました。三嶋大社は、千数百年の歴史があり、武家政治の創始者源頼朝が払暁にお百度参りをして戦勝を祈願し、韮山で旗挙げをしたことで有名です。

鎌倉の鶴岡八幡宮は、社殿や池の配置がここ三嶋大社を原型として頼朝が建てたものです。詳しいことは、私のホームページ「日本ぶらり歴史の旅」(http://www2.tokai.or.jp/nut/)にアクセスしていただけば、ご覧になれます。

三嶋大社の参道は、桜の老木で埋め尽くされています。枝垂桜の多いことでも一見の価値があります。ここでは、池面に垂れ下がる枝垂桜の7日の情景をお伝えしましょう。c0067077_11165776.gif
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by burari-skuri | 2005-04-03 17:24 | 植物館と植物園