介護の現実を描きます。ITトピックスをお知らせします。旅と歴史を描いた私のHP「日本ぶらり歴史の旅」(英文もつくってあります)http://www.ab.auone-net.jp/~nut/にもぜひアクセスしてください。


by burari-skuri

カテゴリ:人生( 4 )

メインHPを移転しました

 ご無沙汰しております。
 公子でございます。

 その後何のご報告もせず、また父の通夜・葬儀においでいただいた皆様にもご挨拶もせずに大変な失礼をどうかお許しくださいませ。

 四十九日法要と新盆は無事に済ませることができましたが、未曾有の大震災に見舞われ東京でも大変な被害に遭いました。皆々様はご無事でしたでしょうか? また私事で恐縮ですが体調を崩しておりましてこの時期になってしまいました。近々必ずご挨拶のお手紙をお出しいたします。

 さて、本日は亡父のメインホームページ「日本ぶらり歴史の旅」を移転いたしまたので、お知らせ申し上げます。新しいURLは

http://www.ab.auone-net.jp/~nut/

 でございます。父が余生を傾けて作ったホームページですの残しておく所存でございます。よろしければこちらにも是非アクセスをしてみてくださいませ。


   公子拝
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by burari-skuri | 2011-09-27 18:22 | 人生

御礼

長女・公子(仮名)でございます。

かなりの間が開いてしまいました。
インフルエンザに罹患してしまいまして、御礼を申し上げらぬまま大変失礼をいたしました。
どうぞうお許しくださいませ。

父の通夜・告別式は滞りなく執り行われましたことを遅ればせながらご報告させていただきます。
ご学友のみな様、お仕事関係のみな様にお見送りをいただき、父もさぞ嬉しかったことと存じます。
心より御礼申し上げます。

ご参列を賜りましたみなみな様、また弔電その他を賜りましたみなみな様には
改めて父の心を少しでもお伝えできればと考えております。
それまで大変申し訳ございませんが少々お時間をくださいますようお願いを申し上げます。

さて父の墓所でございますが、我が日本国の名峰・富士の麓「冨士霊園」です。
四十九日法要は2月26日・土曜日に執り行う所存でございます。

みなみな様のお心の片隅に父・昭平の面影を少しでも宿していただければ
遺族一同この上もない幸せと存じます。
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by burari-skuri | 2011-02-05 19:49 | 人生

母の法要報告

 公子です。

 去る9月26日(日)に、無事に母・幸子の四十九日法要と納骨の儀を終えることができました。親戚ばかり総勢30人という大人数が駆けつけてくださり、母も喜んだことと思います。

 今日は少し仏の教えと私の感じたことをお話させていただきたいと思います。言葉使いがあまり丁寧ではありませんが、お許しくださいませ。

【四有(しう)】  人が生まれてから死ぬまでの4つの段階をいう。  
 
○生有(しょうう) 受胎をした瞬間、生命の誕生の瞬間だ  
○本有(ほんぬ) 人としての生涯のことをいう  
○中有(ちゅうう) 死に臨んで苦楽から開放され、本来の姿に戻ることをいう  
○死有(しう) 心停止の瞬間、生命の終焉 
 
【四有(しう)】についての考え方は、同じ仏教であっても宗派によって捉え方が異なるだ。それは輪廻転生を信じるかどうか? と、大きくかかわりがあるらしい。 
 
【六道輪廻(りくどう・ろくどう りんね】 仏教において迷えるものが輪廻転生するとされる6つの世界のこと  
 
○地獄道(じごくどう)  
○餓鬼道(がきどう)  
○畜生道(ちくしょうどう)  
○修羅道(しゅらどう)  
○人間道(にんげんどう)  
○天界道(てんかいどう) 
 
 六道輪廻 その上がだ。転生するということは、苦楽のある一生を繰り返すということになる。しかし仏になれば苦しみも死も無い涅槃(ねはん 煩悩から解放された悟りの状態)の岸で穏やかに在るということだ。 
 
 私は全く信心などは持ち合わせず、特定の宗教を信仰する者ではありません。しかし告別式の折に私がした喪主の挨拶が、偶然にも四有と六道輪廻から解放されたことを述べた内容であったそうで、和尚さまも驚かれたそうです。ただ私がホスピスの段階で母を看取り、経験して感じたことを述べただけだったのだですが。 
 
 この一連の仏の教えは納骨の折に和尚さまの説話で教わったものです。

 また手を合わせるとはどういう事か? 右手は仏の世界、宇宙意味する。左手は自分自身。そして左手に珠数(じゅず)を掛けて、法具の力を借りて導きを請うものであるともおっしゃられておりました。 
 
 私の世界観と重なるものがあるので驚きました。遺骨となり四十九日までは魂は現世にある。そこはおいといて・・・なのですが、四十九日法要を経て納骨。ここで大地に還って仏になるわけです。大地、すなわち地球。地球は宇宙の中の1つの星だから、私の中では仏になることは宇宙に還ることと同義なのです。 
 
 母の最期はそれはそれは美しいものでした。「死に臨んで自らが本来の姿に還っていく」というのを目の当たりにいたしました。そんな美しい命の輝きを見せてくれた母に、私は心から感謝をしております。 
 
 母は仏になって涅槃の岸にいるのだから、もう悲しむ必要はない。今この人生を生きている私たちは、これからも一生懸命に生きていくことだと思います。
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by burari-skuri | 2010-09-29 21:29 | 人生

終生現役

中川牧三さんのさわやかな、すごい筋金入り人生

世界最高齢の指揮者

 約1年前の2004年6月13日)の朝、フジテレビは日曜朝の定例番組「報道」を放映し、そのなかで年金問題をとりあげていましたが、たまたまお年寄りの人口にふれ、「敗戦後間もない時期の100歳以上の人口は150人に過ぎなかったのに対して、今は2万5000人のい達している世界一の長寿國である」と言っていました。

 それから半年後に私は、インターネットを活用して世界一の無店舗書店、アマゾンにアクセスして買いたい本を注文しましたら、向うから近刊の「101歳の人生をきく」(中川牧三+河合隼雄著、講談社刊、本体1500円)が出ましたよと、購入を奨めてきました。もちろん、すぐに注文して二日後に現物が届きました。さっそく開いてみたのでしたが、これが大変面白くて、一人占めするのはもったいないので、家内に朗読して聞かせることにしました。

 本は、対談形式で、聞き手は臨床心理学者で、フルート奏者としても知られる河合さんなので共著になっていますが、中身は中川さんの歩まれてきた人生そのものです。話は、2004年2月20日に大阪・中之島公会堂で関西フィルハーモニーの指揮をされたことから始まっています。つい今月(2005年4月)上旬のことですが、偶然私はNHKの3チャンネルを選局したところ、聞き手は放送局の人でしたが、中川牧三さんとの対談放送が飛び込んできました。中川さんは、相いも変わらず矍鑠(かくしゃく)として最近、オーケストラの指揮をされたことを答えておられました。ですから、102歳の現役指揮者です。すばらしいではありませんか。

ほんとうのイタリア歌劇のベルカント唱法の普及を手弁当で

 中川さんは、京都の出身(以下敬語略)で、8歳のころからバイオリンを学び、18歳のころから声楽と指揮を本格的に始めました。近衛家とは家族ぐるみのお付き合いがあり、その関係で近衛秀麿氏がしょちゅう家に遊びに来ていました。そんな関係で、父親の望みに反して音楽家への道を歩み、ベルリン国立高等音楽学校、ミラノ国立音楽院、国立スカラ座歌手養成所、南カリフォルニア大学で学び、イタリア、アメリカでテノール歌手としていくつものオペラに出場しました。第二次世界大戦後は、オペラの本場イタリア歌劇を私財を投じ、手弁当で実現、同時に国際水準の審査をすることで名高い「イタリア声楽コンコルソ」を創設しました。

 ですから、フルトベングラー、ラフマニノフ、マリオ・デル・モナコ、音楽家であれば飛びあがるような著名な人々と親交があり、尽きないエピソードを見てきました。本場イタリア歌劇の歌手は、ベルカント唱法(ダイナマイト・ミキ氏によれば、ベルカント唱法とは、「マイクを使わずに大きな会場にも声を響かせるため、腹式呼吸使って体の中の支えをコントロールする歌唱法」です。http://www.multilingual.jp/d-miki/contents/omoshiro-neta/1.html)で歌うから、マイクなしでもハッキリ聴き取れるそうです。ひとつには、言語の母音の発音に関係があるようです。日本語も子音のあとに母音がくる言語で最も美しい言語のひとつです。中川さんは、日本人にもいい歌手が出てきていると言っています。

 これは余談で、またの機会に書きたいと思っていますが、近頃、日本のマスコミは、言語についてなんと浅はかでしょうか。テレビで一番耳につくのは、きれいな言葉を習っているはずのアナウンサーまでが「スゲー」と言ったり、「獲得」とか、「入手」という言葉があるのに、「~をゲット」と画一的に言うことで、いい加減にしてもらいたいと思います。きれいな日本語を使うのもアナウンサーの仕事でしょう。

敵国大統領ルーズベルトの死を悼んで弔旗を掲げる

 中川さんは、第二次世界大戦中は、召集され支那派遣軍総司令部付幕僚および上海陸軍報道部スポークスマンをつとめていました。つまり、諜報活動の渦巻く国際都市上海における陸軍の宣伝の責任者です。

 アメリカのルーズベルト大統領は,終戦も間時かな近かな1945年に亡くなりました。このとき中川さんは、元アメリカの豪華なホテルを軍が接収し、宿舎に当てていた建物の筋向いにあったイギリス人経営の大きなコーヒー・ショップの塔の上と、市内5ヵ所にルーズベルトを悼む弔旗を掲げさせました。「たとえ敵国の首領であっても、なくなったときには英雄として敬意を払うものとおもっていましたから」と、中川さんは対談に答えています。そして、名刺の裏に「誰もこれを降ろしてはならない。何かある場合はこちらに連絡せよ」と書いて、コーヒー・ショップのマダムに渡したそうです。

 敗戦後、上海の軍事法廷で証人台に立ったときには、偽証すると最低9年間の禁固兄か、死刑もあり得ると脅されたのですが、マダムの「この人だけがいつもコーヒー代を払ってくれたし、ルーズベルト大統領が死んだときも、弔旗をたてさせてくれた」という証言で、無罪放免になったし、裁判にかけられていた二人の日本人も無罪になったそうです。

 テンション民族と戦後、日本人が自嘲したように、短絡的に行動しかねないなかでのことです。ましてや戦局が悪化の一方をたどりつつあったときです。中川さんは、豪胆な心の持ち主であると同時に、真のメトロポリタン(国際人)と言うべきでしょう。

狼のボスを睨み返して命拾いする

 旧満州のソ連国境が目の前の満洲里(マンチュリー)というところの部隊にいたときのことでした。中川さんは、ロシア人のバーでいっぱいひっかけたあと、厳寒の市中に出たらアッと言う間に狼の群れに取り囲まれました。

 いまでも思い出すと、ぞっとするそうです。中川さんは、ニ、三日前に狼に取り囲まれたときは、四つんばいになってボスを睨み返し、前へ近寄っていけば、命拾いするという話を思い出したそうです。よく熊に遭遇したときは、背中を見せてはいけない。睨み返しながら、静かにあとずさりし、離れよ、ということを聞きますね。

 中川さんは、ロシア人の言ったとおりのことを実行したのでした。1時間ぐらいかかったそうです。そうすると、突然、40~50匹もいた狼が囲みを解き、いちもくさんに逃げていったそうです。
なんと稀有なすごい体験をされたことでしょう。

健全な心に、健全な身体は宿る


 英国の諺に、”A sound mind, in a sound body.”(「健全な身体に、健全な精神は宿る」)と言うのがありますが、私が元企業につとめていたときの社長の村瀬直養(なおがい)さんは、ある年始のあいさつで、この諺は逆で、ほんとうは「健全な心に、健全な身体は宿る」のではないかと指摘されました。かかりつけの医者に、このことを話したら「そのとおりですよ」と答えたそうです。

 私も同感です。ついでながら、今Jはなき村瀬さんは、敗戦間近かの昭和天皇の午前会議の時、法制局長官をつとめ、会議に列席しておられましたが、「議会の可決なしにポツダム宣言を受諾できるか」という時の鈴木貫太郎首相の問いに対し、30分考えさせて欲しいと返事し、休憩後「受諾は可能です」と答え、日本を救った人です。

 中川さんのことを書いていると、なぜか村瀬さんの思い出が頭をよぎりました。幸い、私もIT界のウォッチャーとして、いまだに取材・執筆活動を続けております。今後もでき得れば、終生現役を貫きたいと思っております。

c0067077_8541212.jpg この記事の最後に,最近撮影した写真を読者の方がたにお送りします。ひとつは、近頃少なくなった路傍のタンポポです。もう1枚は、真っ赤な花をつけたとおりがかりの家のサボテンです。



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by burari-skuri | 2005-04-15 10:29 | 人生