公子です。
去る9月26日(日)に、無事に母・幸子の四十九日法要と納骨の儀を終えることができました。親戚ばかり総勢30人という大人数が駆けつけてくださり、母も喜んだことと思います。
今日は少し仏の教えと私の感じたことをお話させていただきたいと思います。言葉使いがあまり丁寧ではありませんが、お許しくださいませ。
【四有(しう)】 人が生まれてから死ぬまでの4つの段階をいう。
○生有(しょうう) 受胎をした瞬間、生命の誕生の瞬間だ
○本有(ほんぬ) 人としての生涯のことをいう
○中有(ちゅうう) 死に臨んで苦楽から開放され、本来の姿に戻ることをいう
○死有(しう) 心停止の瞬間、生命の終焉
【四有(しう)】についての考え方は、同じ仏教であっても宗派によって捉え方が異なるだ。それは輪廻転生を信じるかどうか? と、大きくかかわりがあるらしい。
【六道輪廻(りくどう・ろくどう りんね】 仏教において迷えるものが輪廻転生するとされる6つの世界のこと
○地獄道(じごくどう)
○餓鬼道(がきどう)
○畜生道(ちくしょうどう)
○修羅道(しゅらどう)
○人間道(にんげんどう)
○天界道(てんかいどう)
六道輪廻 その上が
仏だ。転生するということは、苦楽のある一生を繰り返すということになる。しかし仏になれば苦しみも死も無い涅槃(ねはん 煩悩から解放された悟りの状態)の岸で穏やかに在るということだ。
私は全く信心などは持ち合わせず、特定の宗教を信仰する者ではありません。しかし告別式の折に私がした喪主の挨拶が、偶然にも四有と六道輪廻から解放されたことを述べた内容であったそうで、和尚さまも驚かれたそうです。ただ私がホスピスの段階で母を看取り、経験して感じたことを述べただけだったのだですが。
この一連の仏の教えは納骨の折に和尚さまの説話で教わったものです。
また手を合わせるとはどういう事か? 右手は仏の世界、宇宙意味する。左手は自分自身。そして左手に珠数(じゅず)を掛けて、法具の力を借りて導きを請うものであるともおっしゃられておりました。
私の世界観と重なるものがあるので驚きました。遺骨となり四十九日までは魂は現世にある。そこはおいといて・・・なのですが、四十九日法要を経て納骨。ここで大地に還って仏になるわけです。大地、すなわち地球。地球は宇宙の中の1つの星だから、私の中では仏になることは宇宙に還ることと同義なのです。
母の最期はそれはそれは美しいものでした。「死に臨んで自らが本来の姿に還っていく」というのを目の当たりにいたしました。そんな美しい命の輝きを見せてくれた母に、私は心から感謝をしております。
母は仏になって涅槃の岸にいるのだから、もう悲しむ必要はない。今この人生を生きている私たちは、これからも一生懸命に生きていくことだと思います。